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敦宣の決意
7.
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夜も更けた頃。部屋に灯っていた灯りが消えた。油が切れたのだ。
眠ることなく、じっと座って目を閉じていた敦宣が静かに目蓋を持ち上げる。室内は青白い月明かりが差し込んでいた。
衣擦れの音をさせて立ち上がる。どうしたのかと胡蝶が側に寄った。
「敦宣…?」
「油が切れたから取りに行きます。付いてきてくれますか?」
「え、ええ」
灯りの油は、敦宣付きの女房が主人の眠る頃合に切れるよう調節している。そう、今は草木も眠る深夜なのだ。
困惑する胡蝶に、仄かに敦宣は微笑んだ。
「読みたい書があるのです」
月影を頼りに回廊を渡る。
たどり着いたのは塗籠だ。
敦宣が扉を開ける。開いた隙間はひとが通り抜けるにはやや狭い。
「胡蝶、見てきてくれますか?」
確か、中の棚に油があったはずだと敦宣が言う。
中は墨を塗り込めたように真っ暗だったが、開いた妻戸から月明かりが差し込んでいる。これならば中の様子がわかりそうだ。
了承して蝶が隙間から塗籠に入っていく。
「胡蝶、ごめんなさい」
敦宣がそっと呟いた瞬間、塗籠の扉が閉じられた。
「敦宣!?」
慌てて戸に向かうも、蝶の依り代ではぴったりと閉じられた戸をどうすることも出来ない。
妻戸の向こうからは、敦宣の小さく懺悔する声がした。
「ごめんなさい、胡蝶、酷い事を言って…」
「待って…! 何をするつもりなの…!? まさか…」
切羽詰まった胡蝶の言葉に返すことなく、彼はただ懺悔を繰り返した。
「…腑甲斐無い子孫でごめんなさい」
扉の向こうからくぐもった胡蝶の叫ぶ声がする。
しかし、敦宣は答えることなく背を向けた。
やめろと叫ぶ声を後に残し、対屋を出ていく彼を止めるものは何もなかった。
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