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敦宣の決意
6.
しおりを挟む天頂を仰ぐ。
たちまち眩しい陽光が目を差す。
ぐっと両目を強く瞑り、敦宣はゆるゆると息を吐いた。
だが…、そんなもの。
そんなちっぽけな矜持にも成り得ない意地が何だというのだろう。どんな価値があるというのだろう。
「わたくしは…なんて馬鹿なんでしょう…」
「…何故、範子に言わなかったの」
胡蝶の問いに、淡く笑う。
「どうして言えましょうや」
範子には言っていないことがある。
三の姉、梅壷の女御のことだ。
そも、ひと一人が原因で広大な大内裏に怪異の影響が出ることなどそうそうあるものではない。
内裏の異変にいち早く気付いた胡蝶が呟いた言葉だ。
呆然と呟いた蝶は、直ぐに敦宣に向き合い「ああ…彼処にはアンタの姉が…」と続けた。
敦宣が先祖にいたという巫覡の力を得たのと同じ様に、血縁たる梅壷にもその素質があったのだろう。彼女の"気"の乱れは、敦宣が破魔の力を持つのとは逆にあやかしものを呼び寄せる蜜に成り果ててしまった。
千々に乱れた姉の”気”を正常に戻すことは、乱れた”気”を取込み浄化する敦宣にとって呪詛を返すことと同義だ。加えて、内裏全体に影響が出ているとなれば、敦宣に返る影響も未知数。
もし失敗すれば、姉を救うことはおろか、こちらもただでは済まない。
だから、一寸の迷いなく範子から手伝うと言われ頭に血がのぼった。
何も、何も知らないくせに。簡単に言ってくれるな。必ず助けることが出来るならどんなにかよかったか。本当ならそうしたい。でももし出来なかったら? その恐怖がどれ程この身を竦ませるか。
何より――――…
自らに降りかかるかもしれぬ厄災と、恐れることなく向き合うことの出来る範子の強さが羨ましかった。きっと、彼女が己の立場であったなら、迷わず姉を救おうとしただろう。敦宣にはないその強さが眩しく羨ましかった。
「言ったら、あの方は何がなんでもわたくしを助けようとなさる。…それだけは、嫌なんです」
あの時、範子に言った言葉に偽りは、なかった。けれど、本心だったかと問われては頷けなかった。一度声に出した言葉は取り消すことは出来ないのに。
だが、どんなに酷い言葉をぶつけて遠ざけようとしても、範子は敦宣を見捨てようとしなかった。
そして、怪魚の攻撃を庇われた時に悟った。
ああ…この御方は駄目だ。此方がいくら酷い事を言おうとも、拒絶しようとも、それでもわたくしを助けてくれるのだろう。
たとえ、全てを明け透けに話したとて、彼女は変わらずこちらに手を差し出す。
そうして、その度に危ない目に遭うのだろう。
それは嫌だな。
とても、嫌だな…。
己が両の手を見下ろす。
「――――…」
今となっては、もう祓う手段さえ失ってしまったその空の手を。
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