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発露
3.
しおりを挟む「範子さまは勘違いをされていらっしゃるよう。わたくしはおよそ善人ではありませんよ」
おもむろに立ちあがった敦宣が範子の肩に触れ一言「範子さま、そのままでいてくださいね」と言い置く。
部屋の四隅、暗がりへ消えていった彼がやがて音もなく戻ってきた。
裾を払い座した彼が、ことりと何かを板間に置く。それは螺鈿の箱だった。
そっと開かれた中には、一目で上質とわかる紙が納められていた。敦宣が誰の物かを言う前に微かに香った花の香りでわかった。
梅の香。
これは、
「すべて姉様の文です。先程の姉様の対屋での光景を見てしまわれた以上、今更、取り繕うことも無駄のようですからね。いいですよ。全て、お話しいたします。これは、入内なさって、梅壷の女御と呼ばれるようになってからやり取りしていたものです。――――ここにすべて書かれていました。右大臣家をその背に負い女御となった。けれど何時までも御子に恵まれない。周りから掛けられる期待や圧力。その苦悩や不安です。ああ…これも、その同僚とやらからお聞きになりましたか?」
肯定はしなかったが、敦宣も端から聞くつもりはなかったのだろう。範子が知っていると踏んで、その言葉は問い掛けの調子ではなかった。
梅壷の女御は、自らに吾子ができないことを気に病んでいたと。
「後宮で暮らす内、長年の鬱憤が溜り、やがてそれは姉様のお身体を徐々に蝕んでいった。それは文にも痛いほど表れていました。少しでも姉様の慰めになればと、色々考えたものです。姉様は、部屋に閉じ籠りきりのわたくしに目をかけてくださり、入内されてからもしきりにわたくしを気にかけてくださっていました。…御自身こそお辛い思いをされているのに。たいせつな…大切な姉なのですよ。力になりたいと、そう思うのは道理でしょう?」
淡々と語っていた敦宣の声が不意に潰れる。しかしそれはすぐに鳴りを潜めた。
「でも、邸からろくすっぽ出ない身では面白い話などそうそうありはしない。そんな時です。何かあればと覗いた蔵で一冊の書物を見付けたのは。古い蔵書を多く納めた其処でその書物を見付けたのは偶然なのか必然なのか、今となってはわかりませんが。其処に封印されていたのがこの式神ですよ」
消沈した様子で螺鈿の箱に留まる蝶を一瞥する。
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