婚約者は男で姫でした~とりかえあやかし奇譚~

あさの

文字の大きさ
上 下
45 / 88
内裏に現るる怪奇の真実

3.

しおりを挟む

果たして、辿り着いた先は梅壷の女御のおわす局であった。
帝の妻が暮らす華やかな宮中の象徴がひとつ。しかしながら、沢山の女房がいたはずの其処は人気がなく、昼間なのに寂しく感じさせた。


くるしい  くるしい   だれか


他には聞こえざる声は間違いなくこの建物の内より聞こえてきた。

そろりと範子が局に歩を進める。

刹那、

「―――――!」

いきなり目の前の景色が昼から夜へ切り替わった。

そうとしか表現出来なかった。
瞬きの度に、 騙し絵のように違う景色が映り込む。麗らかな白昼。静かな星月夜。
どちらが現実かわからない。

くらりと立ち眩みが襲い、目を瞑る。

次に目を開いた時、場所は一変していた。

辺りはとっぷりと闇の帳が落ちている。どうやら何処かの渡廊に佇んでいるようだ。視線を転じれば、庭園には銀の紗のような月明りが差している。

ここは、大内裏?

しかし僅かな既視感がそれを直ぐ様否定した。

――――否、違う。

…此処は、右大臣の邸だ。

何故、彼の邸に? と疑問に思う前に動く影を捉えた。

眼前に延びる渡廊。月明りが仄かに照らす其処を歩く姿があった。その艶やかな髪と、背格好、静かな歩み方。後ろ姿だけで誰なんて直ぐにわかった。

敦宣だ。

範子といえば手足も動かず声も出ない。否、自身の身体があるのかさえわからない。
ただ意識だけを其所に存在させ、渡廊を行く敦宣の姿を見守る。

彼はゆっくりと歩みを進めている。やがて、堅く閉ざされた妻戸に辿り着く。
しばらくじっと佇立していた敦宣の腕がおもむろにあがる。袖から表れた白い手が妻戸に触れる。

―――――…姉様…。

彼が密やかに呟く。
離れた所にいるはずの彼の声はしかし範子の耳にしかと届いた。

―――――必ず…わたくしが

静かに、けれど決然と囁いた言葉が。

範子の鼻先に梅の濃厚な香が薫った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

処理中です...