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敦宜の翳り
11.
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「侍従の君よ、大祓えの笛の調子はどうだ?」
内裏を歩いていると後ろから声がかかった。振り返れば、見知った顔が歩いてきていた。
「右大臣様。はい、本番には形になるかと」
「そなたの笛の腕は一級だ。わしが聞くまでもなかったか」
「いえ、私などまだまだ未熟者です。失敗するのではないかと胆を冷やしておりますよ」
「なんと、そなた程の腕の者がか」
冗談と受け取ったのだろう。右大臣が鷹揚に笑った。
「―――――」
右大臣をじっと見詰め、範子は覚悟を決める。彼に正面切って聞いてみる覚悟を。
息子たる敦宣を、父たる右大臣は如何様に思っているのか。
「それに私よりも、大臣様の末姫の方がよっぽど私よりも御上手ではありませんか」
「あつ…いや、末の姫が…」
「ええ、私もあの方に指導を仰いでいるのです。本当に素晴らしい演奏をされる」
「――――知らぬのだ」
神妙な大臣の顔を範子は慎重に伺った。
「あの子の演奏をわしは聴いたことがないのだ。いや…、最後に直に顔を見たのも何時であったか…」
不意に此方を見た右大臣が苦笑を滲ませた。力の抜けた笑みに、範子が虚を衝かれる。
「侍従の君よ、わたしを情けない父だと思うか。子の事を碌々知らぬ親を」
何と返して良いのかわからない。範子は口ごもってしまう。
「いつからか…、あの子のことがわからなくなってしまった。いや、知ろうとしなかったのはわたしの方なのだろうな…」
「右大臣様…」
「あの子は、どんな演奏をする?」
「とても、優しい音色ですよ」
そうか。右大臣はぽつりと呟いた。
右大臣とは、今まではどうしても政治的な話をすることが多かった。
今、ひとりの父としての右大臣を見て、範子はどうしようもなくやるせない気持ちになった。
自身の部屋でひとりきりで過ごす敦宣の姿が浮かぶ。
何処かで食い違ってしまったのだろう。
きっとそれを直せないまま今日になっていたのだ。
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