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敦宜の翳り
4.
しおりを挟む右大臣邸でふたりを出迎えた女房は、範子に支えられぐったりとしている敦宣を見て息を呑んだ。
「姫様…っ」
「すまない。私がついていて、こんなことになるなんて」
小さく悲鳴をあげた女房だったが、すぐに口許を引き結び、身体を引いて邸の奥を示した。
「いいえ、姫様を連れ帰って頂き、ありがとうございます」
わたしもお手伝い致します。と、女房が範子の反対に回り敦宣の身体を支えた。
彼女は敦宣付きの女房だが、何があったのか問い質さずすぐさま手を貸してくれるのはとても有り難かった。
ふたりがかりで敦宣を彼の対屋へ運ぶ最中、ふと範子の鼻先に香るものがあった。
………梅の香?
しかしそれは一瞬にして立ち消えてしまった。
気のせいだったかと、視線を転じ、渡殿の向こうに伸びる回廊が目についた。
それだけ見ればなんてことない光景だ。けれど範子の視線は引き寄せられていた。
「そちらは三の姫様の対屋がございますよ」
顔を向ける。女房が範子と同じ方を見ていた。
右大臣の三の姫と言えば、宮中では別の名で通っている。
「ああ…梅壺の女御様だね」
なんだか妙に納得してしまった。
彼女が住む後宮の局には梅が植えられている。そこから彼女のことを梅壺の女御と呼ぶのだ。彼女自身もいたく梅の香を好むと聞いたことがある。
範子の姉、梨壺の更衣が言うには、彼女は身体を悪くし今は内裏からこの邸に里下がりしているらしい。
先程の梅の香はあながち気のせいではなかったのかもしれない。
「…姫様が幼い頃はよく遊んでいらっしゃったものでした」
女房がぽつりと呟いた。歩みを止めず、範子が彼女に顔を向ける。
「仲の良いきょうだいなんだ」
「はい。けれど今は…」
言いさし、女房がはっと我に返ったように口許を押さえた。
「…でしゃばった事を申しました…。申し訳ありません」
「ううん。さあ急ごう」
何を言いかけたのか気になったが、今は敦宣を運ぶのが先決だ。
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