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大祓の儀にて大役を任ぜらるる事
2.
しおりを挟む仰天して振り仰ぐ。
御簾の向こうにいつの間にか人影があった。
それが誰かを理解するより早く、範子は深く頭を下げていた。
「主上…!」
帝だ。
今日は朝から決裁をしなければならない書類が多く、今は長めの休憩を挟んでいた。
範子の与えられた侍従の位は、帝の傍に使える役職だ。そのため、同じ休憩を戴いていた。
帝も清涼殿で休息しているはずで、まさかこんな場所に現れるなど思いもしなかった。
すわ急用かと居ずまいを正す。
「何かございましたか」
「事無し。そなたの笛の音に惹かれてふらふらと来てしまった」
「私の笛にですか?」
少し見た限り傍らに誰も伴っていないので本当のようだ。この上なく止ん事無き御方が護衛もなくふらりといらっしゃったのか。
「申し訳ありませぬ。かしましかったでしょう」
「いいや、心安らぐ音色であった」
「もったいなき御言葉です」
「――――誰かを思って奏したのか?」
え…、と範子の口から意味を成さない声が漏れた。
「何時ものそなたの音色とは気色が違った。柔らかく、心に染み入るような、温かみのある音だった」
「どうして…」
わかるのか。範子の言わんとしていることがわかったのだろう。ふ、と笑う気配がした。
「わかるとも。わたしもそなたの演奏を好む者のひとりであるからな。そなたのひとに寄り添うような優しい音色が、わたしは好きだ」
この御方、何処までわかっておられるのだろう。時々、帝にはすべてバレているのではないかと思う。自身の性別のことも、何もかも。
恐縮し低頭しながら、気を付けないとな、と自戒していると、帝が更に宣った言葉に仰天することになる。
「侍従の君よ、此度の大祓でその笛、披露せよ」
「…わ、私がですか…!」
大祓とは、この世の罪穢れを祓う内裏でも重要な儀式だ。貴族や役人のみならず民衆も、身分を問わず儀式を見届けることができる。
都の誰もが心待にしている政だ。
そんな大祭で帝は演奏するようにと言うのか。
「そなたの笛の音を聴けば、内裏の怪異に擦り切れた皆の心も安らぐだろう」
思い付きや気紛れではないらしいと、そのおっしゃりようでわかってしまった。
「頼んだぞ。そなたの演奏を心待ちにしている」
これは…大変な事になったぞ。
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