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今をときめく貴公子の秘密
3.
しおりを挟む「侍従の君! 侍従の君は何処ぞ?!」
慌ただしい声が遠くから聞こえ、部屋に充ちていた不穏な空気が払拭された。
「うわ! 噂をすればだ」
ぱっと顔をあげた侍従の君が焦ったようにきょろきょろと辺りを見回す。不埒な手を伸ばしていた主がそれより何倍も慌てふためいて手を引っ込めた事は、侍従の君は知らぬ話だ。
「じゃあ、ちょっと行ってくる」
「あ、ああ…」
そそくさと宿直所を出ていった侍従の君を見送り、同僚たちは一様に大きく息をついた。
「やばい、ちょっと新しい扉を開きそうになった…」
「俺も…」
宮中の女房たちの注目の的たる貴公子。
それが侍従の君であるが、ふとした瞬間に垣間見える艶かしい色香にどきまぎするのは、女房たちだけでなく、同僚たる公達たちも同様であった。
「右大臣様、私は此処に」
侍従の君が呼び掛けると、忙しなく辺りを見回していた大臣がばっと振り返った。
「おお、侍従の君。ああ、探した探した」
「何の御用でございましょう」
用件は大体わかっていながら問うと、大臣は「こちらへ」と侍従の君を促した。建物の死角となる隅まで連れていかれる。
おそらくひとの気配がないか、垂れ下がった御簾の向こうをじっと目を凝らして見つめてから、右大臣が侍従の君を勢いよく振り返った。
「侍従の君よ!」
「は、はい!」
勢いがよすぎて侍従の君が若干後ずさったことは気にせず畳み掛ける。
「君に合う姫君を紹介しようぞ。家柄も申し分なく教養もある美しい姫だ」
それ見たことか。やっぱりなと内心辟易とする。
「右大臣様…、何度も申し上げておりますが、そういうのはいいですって。私と末姫の噂をご存知ですか?」
「うむ…」
「もう宮中では知れ渡ってしまったようですし、観念する他ないですよ」
「しかしだ! そなたらの結婚を認めるわけにはいかぬ。もしも秘密がバレたら、我もそなたも終わりなのだぞ」
「大丈夫です。バレませんよ。私が今まで通りにしていれば」
「何を呑気な。そもそもそなたは…、」
「侍従の君、梨壷の更衣様がお呼びでございます」
と、別な声が傍らから掛かった。
見れば、先程は誰もいなかった御簾の向こうに佇む人影がある。
大層驚いたらしい右大臣が奇妙な声をあげて飛びずさる。対して侍従の君は落ち着いて応えた。
「梨壷様が? わかりました。すみません、右大臣様。この話はまた今度」
「じ、侍従の君よ…!」
追い縋る右大臣の声に、深い礼で返し、侍従の君はさっさとその場を後にするのだった。
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