3 / 88
今をときめく貴公子の秘密
3.
しおりを挟む「侍従の君! 侍従の君は何処ぞ?!」
慌ただしい声が遠くから聞こえ、部屋に充ちていた不穏な空気が払拭された。
「うわ! 噂をすればだ」
ぱっと顔をあげた侍従の君が焦ったようにきょろきょろと辺りを見回す。不埒な手を伸ばしていた主がそれより何倍も慌てふためいて手を引っ込めた事は、侍従の君は知らぬ話だ。
「じゃあ、ちょっと行ってくる」
「あ、ああ…」
そそくさと宿直所を出ていった侍従の君を見送り、同僚たちは一様に大きく息をついた。
「やばい、ちょっと新しい扉を開きそうになった…」
「俺も…」
宮中の女房たちの注目の的たる貴公子。
それが侍従の君であるが、ふとした瞬間に垣間見える艶かしい色香にどきまぎするのは、女房たちだけでなく、同僚たる公達たちも同様であった。
「右大臣様、私は此処に」
侍従の君が呼び掛けると、忙しなく辺りを見回していた大臣がばっと振り返った。
「おお、侍従の君。ああ、探した探した」
「何の御用でございましょう」
用件は大体わかっていながら問うと、大臣は「こちらへ」と侍従の君を促した。建物の死角となる隅まで連れていかれる。
おそらくひとの気配がないか、垂れ下がった御簾の向こうをじっと目を凝らして見つめてから、右大臣が侍従の君を勢いよく振り返った。
「侍従の君よ!」
「は、はい!」
勢いがよすぎて侍従の君が若干後ずさったことは気にせず畳み掛ける。
「君に合う姫君を紹介しようぞ。家柄も申し分なく教養もある美しい姫だ」
それ見たことか。やっぱりなと内心辟易とする。
「右大臣様…、何度も申し上げておりますが、そういうのはいいですって。私と末姫の噂をご存知ですか?」
「うむ…」
「もう宮中では知れ渡ってしまったようですし、観念する他ないですよ」
「しかしだ! そなたらの結婚を認めるわけにはいかぬ。もしも秘密がバレたら、我もそなたも終わりなのだぞ」
「大丈夫です。バレませんよ。私が今まで通りにしていれば」
「何を呑気な。そもそもそなたは…、」
「侍従の君、梨壷の更衣様がお呼びでございます」
と、別な声が傍らから掛かった。
見れば、先程は誰もいなかった御簾の向こうに佇む人影がある。
大層驚いたらしい右大臣が奇妙な声をあげて飛びずさる。対して侍従の君は落ち着いて応えた。
「梨壷様が? わかりました。すみません、右大臣様。この話はまた今度」
「じ、侍従の君よ…!」
追い縋る右大臣の声に、深い礼で返し、侍従の君はさっさとその場を後にするのだった。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?


【完結】側妃は愛されるのをやめました
なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」
私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。
なのに……彼は。
「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」
私のため。
そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。
このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?
否。
そのような恥を晒す気は無い。
「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」
側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。
今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。
「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」
これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。
華々しく、私の人生を謳歌しよう。
全ては、廃妃となるために。
◇◇◇
設定はゆるめです。
読んでくださると嬉しいです!

強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!
あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!?
資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。
そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。
どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。
「私、ガンバる!」
だったら私は帰してもらえない?ダメ?
聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。
スローライフまでは到達しなかったよ……。
緩いざまああり。
注意
いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる