婚約者は男で姫でした~とりかえあやかし奇譚~

あさの

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今をときめく貴公子の秘密

2.

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「また出たんだと」

「出たって、あれか」

「なんでも、また琵琶の音を聞いたそうだ」

「なんと。こっちは笛の音らしい」


所は宮中の宿直所。
若衆が雑談に花を咲かせていると、

「何の話?」

よく通る声が戸口から掛かった。見れば、小柄な公達が妻戸を開いて入ってきている。侍従の君だ。

「内裏の怪異だよ。聞いたことがあるだろう?」

年の頃が近い公達のひとりが言うと、僅かに思案げにした後「ああ…」と侍従の君が頷いた。

「それなら聞いたことがあるよ。宮中で夜な夜な聞こえる楽の音色だっけ? でも実際に何かがいるのを見たひとはいないんじゃなかったか?」

「なんだ。侍従の君は怖い話には興味がないとみえる」

「別にそういうわけじゃないけど…」

言葉を濁しながら、よっこらせと腰を下ろす。大儀そうな様子に、周りは不思議そうな者と、合点がいった者に別れた。

「何やら妙に疲れているな」

「やめてやれ。侍従の君は右大臣殿に追い掛け回されてお疲れなんだよ」

「成る程。『胡蝶の君』との縁談話についてか! 右大臣も諦めないなあ! 愛し合う二人を引き離そうなんて野暮なおひとだ」

畳んだ扇で膝を一打ちした同僚に、侍従の君がぎょっとする。

「あ、愛し合うって…」

「俺達の憧れの的だった『胡蝶の君』を素知らぬ顔で拐っておきながら、違うとは言わせんぞ」

「そうだぞ。侍従の君が色好みをしないのは、心に決めた方がいらっしゃるから。それが美しいと名高い姫君とあらば納得というもの。って女房たちも口を揃えていた」

「うわあ…そんな風に言われてるんだ…」

まったく好き勝手にひとの噂をして…。と、侍従の君が物憂げに息をつく。
項垂れた拍子に、白い項が露わとなる。後れ毛がかかった細く艶かしいそれに、意図せず男たちの視線が釘付けとなった。

「…じ、侍従の君」

思わず誰かが手を伸ばしそうになった所で、

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