限界社畜さんは怪異となかよし

あさの

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救っておくれ

3.

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サイン会場となった大型書店では、開始時間前にも関わらず多くのひとで賑わっていた。まだ開始までかなり余裕があるのにすごい人数なのに驚く。サイン会自体初めてだったが、持っていたイメージとは遠くかけ離れている。それに結構若いひとも多く見受けられる。サイン会と聞かされていなければアイドルのイベントでもあるのかと思っただろう。

新鋭気鋭の作家だとは聞いていたがここまでとは。
恥ずかしながら日々の忙しさにかまけてその著作には触れていなかった。やっぱりサイン会に来るなら少しくらい読んでおくのがマナーだったかな。少し後悔した。

いや、でも本当にひと多いな…。
厭な予感がするんだよ。こうもひとが多いとさ、ここぞとばかりに…

「うわぁ」

いた。一個しか目がないやつ。
もーなんで見つけちゃうかなァ!?

「どした?」

「いや…ちょっと始まる前に手洗い行ってくるわ」

「おう。…って、おーい、トイレそっちじゃないぞー」

獲物を見付けたとばかりに近付いてくる一つ目から逃げるべく友人に適当なことを言い残して踵を返した。






よし、なんとかなったぞ…。

ショッピングモールの中を行ったりきたり、エスカレーターを二段飛ばしで駆け上がったり…、ひとりトライアスロンの結末は、外の遊歩道を競歩していてすれ違ったひとが散歩していたチワワに吠えられて幕を閉じた。

私を執拗に追いかけていた一つ目は、可愛らしい見た目の割りに雄々しい犬の咆哮を受けて逃げるように姿をくらませた。
助かった。やつらは犬の鳴き声が苦手なんだよな。チワワの方も完全に一つ目に向けて吠えていたしな。

それにしても骨が折れた。

「はぁ全く…わきまえないんだからアイツらは。こちとら休みぞ」

「大丈夫ですか?」

モールの壁に凭れかかりながら小さく毒づいていたら不意に声をかけられて驚いた。
振り仰ぐと、ひとりの男性が私を気遣わしげに見ていた。眼鏡をかけた素朴な出で立ちの若い青年だ…いや、じゃなくて、だ、誰だ…?

「遠目でもふらついていたようだから、気分が悪いなら係の方を呼びましょうか」

「いやっ全然大丈夫です、これくらい」

「でも…」と、今にもモールの従業員を呼びに行きそうな気配を感じ慌てて言う。

「ああの、歩き疲れただけなので! 少し休憩したら大丈夫です!」

嘘ではない。足首とか手首掴まれたとか、延々恨み辛み聞かされ続けたとかではないし、今日はまだマシな方だ。
青年はなおも私を気にしてくれていたが最終的には「平気ならいいんですが…」と、なんとか納得してくれたようだった。見ず知らずの女を気にかけて、なんて良いひとなんだ。どうか彼がこのひとの良さで、変な壺とか布団とか買わされないことを祈る。

「これだけひとが多いと紛れやすいから大変ですよね」

「え?」間抜けな声が漏れた。

「では」と青年が去っていく。
連れらしきひとと合流して何やら話し込んでいる青年を呆然と見ていたら、ふと彼が振り返った。私が見ていることに気付いて会釈をした。私も慌てて不審者丸出しの会釈を返すと、不思議そうにしているお連れさんを伴って今度こそ青年が去っていく。

まさか引き留めるわけにも行かない。
…今の、どういう意味ですか? なんて、聞けるわけがない。

紛れやすいのは、ひとか、
それとも…。
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