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くもいの館 中編
8.
しおりを挟む橙色のぼんやりとした灯りが反射する壁が唐突に陰に覆われた。
初めはそれが何なのかわからなかった。
「逃げても無駄よ」
くもいさんの声だ。
そう認識したと同時に、壁に映った陰がゆらりと動く。
どくりと心臓が厭な音を立てた。
私はやっと理解した。
節のある脚。
蠢く腹。
----巨大な蜘蛛の影だ。
「だって、どんなに逃げたってもうわたくしの手の内なんだから」
気配を殺して固まっている間にも陰がこちらに近付いてくる。まだ私の存在は見つかってはいないだろうが、それもこのままでは時間の問題だ。
慌てて後ろを向くが、部屋の扉ばかりが並び最奥も扉が空間を仕切っている。袋小路だ。
扉は…だめだ。開けない。開閉音で居場所がバレてしまう。
どうする。どうしたら…。
万事休すかと思われたまさにその時、ゆらゆら揺れていたランプの灯りがふっと掻き消えた。同時に、壁に映っていた蜘蛛の影絵も闇に溶ける。
「ああ…もうっ、暗くてやんなっちゃう」
廊下の角を曲がった直ぐそこで、くもいさんの不機嫌そうな声がした。…直ぐそこまで、彼女が来ていた。火が消えるのが後少し遅かったら…と考え肌が粟立つ。
此処で私を追うのは諦めたのか、巨体が床を踏み締める音がだんだん遠ざかっていく。
やがて、バタンと扉の開閉音がした。
しばらくじっと微動だにせず様子を伺ってみたが、もうあの不気味に床を軋ませる音もしない。
助かった、のか…?
はああ、と肺の中の酸素を出し切るように大きく息を吐く---その瞬間、
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