限界社畜さんは怪異となかよし

あさの

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くもいの館 前編

8.

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カチャン。

ぶつかる音がして隣を見れば、ひつじさんが持っていたティーカップをソーサーに置いていた。おかしい。マナーも完璧の彼なら音もなくカップを置くはずなのに。

「さて、わたしたちはそろそろお暇させて頂きましょうか」

言うなり、ひつじさんが椅子を引いて立ち上がる。今にも踵を返しそうな勢いだ。本当に帰るつもりなのだ。

くもいさんはきょとんと大きな瞳を瞬いた。

「あらあらあら? お話が違ってよ?」

「そちらこそ、お話が違うのでは? 今回は依頼で伺ったはずです。業務外の事を望まれるならば今回のご依頼はなかったことに」

「まぁ…独り占めなさるおつもり?」

「悪食も大概にした方がよろしいかと」

「あら、あなたも狙っていたの? なら半分ずつしましょうよ」

「彼女はそういうんじゃないですよ」

な、なに? え、何の話をしてんの…?

まったく話についていけない私の前で、話の内容はわからなくても穏やかでないとわかる声音でひつじさんたちの会話は続いた。

「そのつもりで彼もこの子を引き入れたのじゃなくて?」

「…それは、社長がお決めになることです」

「ふぅん。相も変わらず、あなたもあなたのご主人様もお堅いのねえ」

「褒め言葉と受け取っておきましょう。失礼」

彼女に掛ける硬い声とはうってかわり、ひつじさんは「帰りましょう」と私に常の穏やかな声で言う。やんわりとけれど有無を言わさず私に椅子から立ち上がるよう促す。

何が何やらの私が立ち上がりテーブルに背を向けた時、背後からくもいさんの声がした。
振り返った先で、椅子に就いたままの彼女がにっこりと笑っていた。

「手に出来ないとなればますます欲しくなるの。ねえ、わたくしはおねがいしているんじゃないのよ」

「やりあうつもりですか?」

ひつじさんが硬い声で言う。
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