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くもいの館 前編
4.
しおりを挟むカア、カア。濡れたような翼が翻る。烏がぱたぱたと翼をはためかせて頭上を飛んでいった。
ここの烏たち可愛いんだよな。妙に愛嬌があるというか、目が合っても襲ってくる気配もないし、なんなら留まってるやつとか首傾げてこっちに近付いてくる。
そんなことをぼんやり思っていたから、前方を歩いていたひつじさんがふと聞いてきた言葉をうっかり聞き逃しそうになった。
「×××さんは社長が苦手ですか?」
完全に気を抜いていたので取り繕う言葉が咄嗟に出てこない。私は口ごもった。くそ。私が正直者で善良なばかりに…!
「いやあ…まぁその」
「お嫌いでしょうか」
「いや、それはないです! 拾ってもらった恩を忘れたわけじゃないですし」
悲しげに重ねて問われ、慌てて弁解する。した後で、これでは苦手か? の問いに「はい」と言ったも同然だと気付いた。やっちまった、と思うも、ひつじさんは「そうですか」と納得した様子だ。
「ひつじさん…なんか嬉しそうですね」
「ええ、それはもう」
ひつじさんは雇い主に関する事で我が事のように嬉しそうにする。上司に対する忠誠心があるとしたら私とは雲泥の差だ。
「お早い帰りを希望されておいででしたから、さっさと終わらせてしまいましょう」
「ええ…? まさかぁ…」
一体どこら辺で思ったんだろう。俄には信じられない。ひつじさんは私の疑問ありありの顔を見て、うーんと困ったように唸ったが結局苦笑するのみだった。
「ひつじさん、今から行くのは依頼者さんのご自宅なんですよね。依頼者さんって、」
どんな方なんですか?
そう続けるはずだったが、ざあ、と吹いてきた風に紛れてしまう。強い風だ。ざわざわと木々が揺れ、枝で休んでいた烏たちが驚いて飛び立っていく。
羽ばたきに紛れて、ひつじさんが呟く。
「え…?」
「わたしから離れないでくださいね」
よく聴き取れず首を傾げた私を振り返り、ひつじさんは穏やかに微笑んだ。
離れないで、なんて、その顔で言おうものならとんだ誤解を受ける。言ったのが私でよかったな。いつもならそう思う。けれど、この時はそんな軽口も浮かばなかった。
胸を充たすのはじっと立っていられないようなそわそわとした感覚。
妙な胸騒ぎがした。
「あ…はい。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ」
前方にはもはや見慣れた鳥居が見えてきた。林の出口はもうすぐだ。
少し呆けていた私は慌てて前を行くひつじさんの後を追った。
風の音ではっきりとは聴こえなかったけれど、聴き間違えでなければ、彼はこう言ったと思う。
----くもいのやしき、と。
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