限界社畜さんは怪異となかよし

あさの

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落とし物

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「手土産ぐらいてめえで買いに行けっての!」

散々文句を垂れ流しながら、私は昼下がりの繁華街を歩いていた。今の私の顔は上司が言うところの般若の形相になっていることだろう。知るか。ほっとけ。
客に渡す手土産を買ってこいと、こちとら仕事を片付けていたってのに社屋からぺいっと出されたのだからこんな顔にもなる。

はあ、まったく。とんだつかいっぱしりだ。

昼間も賑わう繁華街の大通りを横に逸れる。流れている川沿いに細い道を少し行くと、指定された和菓子屋はあった。年季を感じさせる木彫りの屋号を見比べて間違いないことを確認する。これまた年季のある引き戸をガラガラと開けた。

「いらっしゃい」

店の奥から表れたふくよかな女性が出迎えてくれる。その穏やかな微笑みを見て、なんだか怒りで張っていた肩からふっと力が抜けた。社会の荒波に揉まれた社畜にまるで母親のような笑みは効いた。

「あの…」

しかし、買ってこいと言われた和菓子の名前を伝えると、女性の顔は俄に曇った。少し戸惑うように言われる。

「それは、先代のわたしのお母さんが作っていたもので、わたしの代ではもう作っていないんです」

「そ、そうなんですか」

「母はすみれの花が好きで、昔はよくすみれの形をしたお菓子を作っていたのだけど…。せっかく来て頂いたのにがっかりさせてごめんなさいね」

「いえ! 大丈夫です」

そう、買う予定だったお菓子はすみれの花を模したものだった。確かにお店のショーケースの中にそれらしきものはなかった。っていうか、買いに行かせるものくらいちゃんと事前に調べておけよ! と脳内の上司にキレ散らかしながら、申し訳なさそうにする女性には首を横に振る。
仕方ない。成果のなかった報告ほどしたくないものはないが、上司に連絡だ。

振り返り、出窓の木枠に飾られたものに気付く。
折り紙だ。なんとも懐かしい。
…花、だろうか。所々きちんと折られておらず、白い裏面が見えてしまっている。
近所の幼稚園からの贈り物か?  と思っていたら、折り紙を見ていた私に気付いた女性が教えてくれる。

「それ、この季節になると時々店前に置いてあるの。一生懸命作ったんだなあって思うと捨てるのも忍びないしね」

「へぇ…」と相槌をうつ。
結局何も買わずに敷居を跨ぐ。背後で「またおいでなさってね」女性が言うのに会釈を返して戸を閉めた。
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