こい唄

あさの

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波風

9.

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結局、昭仁は東京に戻らなかった。

昭仁の一時だけの不在すら、朔良は過剰な反応を見せて嫌がった。そんな彼を放ってはおけなかった。

戻らないことを朔良に告げたとき、彼の張り詰めた瞳から少しだけ力が抜けた。吐いた息は、まごうことなき安堵だった。

しかし、昭仁が何処かで懸念していた予想に反して、それからの日々は淡々と変わらない。朔良があの不安定に揺れる瞳を昭仁に向けることはついぞなかった。
昭仁も数ヶ月の付き合いで、朔良のひととなりを何となくわかってきていた。彼は表情を取り繕うのがとても上手い。もっと直截的にいえば、朔良は感情を押し隠すのに慣れすぎている。彼が内面に押し込めた感情はいかばかりか。

その発露の一端が、過日のことだったのだろう。昭仁はあの時、初めて朔良の普段表に出そうとしない烈しい感情を垣間見た気がした。





その日、昭仁が朔良の私室を訪れると、部屋の主はいなかった。

案内してくれた使用人が首を傾げる。

「どちらへ行かれたのかしら…? 今日は外出されてはおられないはずなんですが…」

今にも外へ探しに行きそうな使用人に昭仁が告げた。

「俺が探してきます」

「ですが…」

「大丈夫です。大体何処にいるか検討がついていますから」

嘘だった。何処に朔良がいるかなど、昭仁にはわからない。けれど今は何人にも邪魔をされずに、昭仁は朔良と話がしたかった。

「雪の散歩でしょう。大方、雪がはしゃぎすぎてなかなか戻って来られないのではないでしょうか」

「そうですか…?」

昭仁は無理に押し切る形で、朔良を探しに庭へ降りた。

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