こい唄

あさの

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波風

1.

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夏の朝は早い。

昭仁が目を覚ます頃には日が高く登り、蝉の声が時雨となって夏の村に降り注いでいる。抜けるような空には雲ひとつとしてない。

その清々しい空を、昭仁は縁側から寝間着の浴衣姿のまま眺めていた。
しばらく眺めて、昭仁は両腕をあげて大きく伸びをした。

「ぃよーし…、頑張るか!」

掛け声ひとつ。寝間着を着替えに部屋へ引き返そうとした昭仁の耳に、己を呼ぶ声が聞こえた。

「――とさまー…昭仁様ー」

昭仁が、出所を探して視線を巡らす。その先に、瓦屋根に乗っかった小柄な影を捉えて、呆気にとられた。

「いちこ、さん…?!」

「はいー!」

驚く昭仁に向かい、一子は里宰の邸宅の築地塀の上から、陽気に手を振っている。

「な、何やってるんですか! 危ないでしょうが…!」

昭仁が下駄をつっかけ慌てて駆け寄よろうとする。塀はひとの身長をゆうに超えた高さだ。もし足を滑らせて落ちでもしたら――!

「平気平気! 見ててくださいな」

しかし、一子は余裕の笑顔で彼に静止を促した。そして、その高い瓦屋根から躊躇なく飛び降りた。地面に足がつく瞬間に足を曲げて、衝撃を吸収し、音もなく降り立つ。さっとスカートの裾をさばく。その所作は馴れたものだった。

「おはようございます」

呆れるやら驚きやらで何とも言えない表情になっている昭仁に、一子は何事もなかったように笑いかけた。

「なにを…やってるんですか…」

昭仁は挨拶どころではない。けれど、身についた習慣は悲しく、昭仁に小さく「おはようございます…」と口に出させた。

「朔良さんに会いに来ました。昭仁様もご一緒にどうかと思いまして」

それで、塀からやって来るものなのか。昭仁は短い人生の間で、こんなに活発で破天荒な女性は初めてだ。彼女に振り回されて、昨日の朔良の心境がわかったような気がした。
脱力している昭仁の姿を改めて見た一子が、くるりと目を瞬いた。

「あら、昭仁様。今起きたんですか? 浴衣姿に、すごい寝癖です」

「あ…っ! い、いや失礼しました」

今更ながら自らの格好に思い至る。寝間着にしている浴衣はシワだらけだし、寝癖だって酷いだろう。何より、完全なる寝起きの姿で、女性の前に立ってしまった。
自らの失態を恥じつつ、慌てて部屋に駆け戻る昭仁の背中に、実に呑気な一子の声がかかった。

「いいえ。そうしてはると幼く見えていいですよー!」

すごいひとだ。再三再四とそう思いながら、昭仁はきっちりと畳まれた衣服を手に取った。
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