こい唄

一子との再会

9.

「とは言っても、何をするか…」

誰もいない室内で、昭仁が呟く。

この離れの主が戻るまで居ていいとは言われたが、さて、どうしたものか。
開け放たれた縁側から見える庭には、朔良の忠犬の姿もない。雪も小さな外出だろうか。
くるりと広い室内を何の気無しに見渡して、昭仁は適当に腰を降ろした。

「朔良は外出かあ…」

感慨深げに呟く。外へ出ることを進んでするような子ではなかったから、驚いてもいた。果たして、朔良は何処へ行ったのだろう。

「うーん…」

あぐらを掻いて、意味なく唸る。ゆらゆらと身体を左右に揺らす。昭仁はそのままだらし無く上体を倒した。景色が傾いて、頬に青い畳が張り付く。
一度大きく伸びをして、自分の腕に頭を乗せた腕枕で落ち着いた。

容赦ない夏の陽光は軒先で遮られ、吊された簾が少し温い風で揺れている。側付きの誰かが吊したのだろう、金魚が悠々と泳いでいる風鈴がちりりん、と鳴る。その合間には、油蝉の合唱が隙間なく入り込む。

「…しずかだなぁ…」

昭仁の声が、室内に落ちて消えた。自分以外、誰の気配もない。話し声もしない。時間がただゆっくりと過ぎていく。

昭仁は寝返りを打ち、見慣れない天井の木目を見詰めた。

―――夏の日は、こんなに静寂が落ちていたろうか。

まるで生命力に満ち満ちた自然の息吹に圧倒されて、萎れている草のようだ。ここでぼんやりしていると、時間の流れから取り残された心地になる。この世にひとりきりでいるような気分になる。

こんな静かなところで、朔良は日々を過ごしているのか。昭仁はこうやって過ごして、初めて実感した。
どうしてか、先ほどの使用人の言葉が昭仁の耳に蘇った。

――――…お嬢様のお世話をさせていただいております。けれど、それだけです…―――。