こい唄

あさの

文字の大きさ
上 下
33 / 46
一子との再会

7.

しおりを挟む

「いいんじゃないですか。それに、一子はこうと言ったことは取り消しませんよ」

見ると縁側には朔良が立っていた。

「朔良さん、お帰りなさい。よかった、母の着物は寸法合ったんですね」

軽く頷いて、朔良は室内に足を踏み入れた。

今の今まで、彼は汚れてしまった着物を着替えに行っていた。
朔良たちを出迎えた住職は、娘が連れてきた酷い格好の朔良を見て目を剥いた。次いで、事情を察した様子で、呆れたように一子を見た。その視線を受け、一子は罰が悪そうに笑っていた。

それから住職は、朔良には着替えてもらうから、一子は昭仁を案内するようにと言い残した。それで、昭仁は方丈に案内されたというわけだ。

朔良が、昭仁と一子の側へ腰を降ろす。湯も浴びたようで、泥が絡まっていた髪もすっかり綺麗になって、元の艶やかさを取り戻している。

不意に朔良が、昭仁に視線を寄越してきた。意味ありげに微笑する。

「じゃないと、また襟首捕まれるかも…」

「う…」

ひとり事情の知らない一子が、身を乗り出す。

「え?何ですか?」

「な、何でも!」

昭仁が慌ててごまかす。朔良にされたことを、一子にも実行されたらたまらない。

「隠し事なんて酷いですよぉ」

「それを言うなら、一子の方です。こちらに帰省するなら、長期の休暇が必要でしょう。そんなこと、勤め先は許してくれたんですか?」

一子がそれまでの無邪気な笑み引っ込めた。すぐに口元だけに笑みを敷く。

「大丈夫ですよ。ちゃんとお許しはいただきましたから」

「一子…?」

朔良が訝しげな顔をする。彼も何か察するところがあったようだ。
これは、何か訳ありなようだと、昭仁は腰を浮かせた。

「俺はじゃあ先に屋敷に帰ってるな」

途端に、二対の瞳がきょとんと見つめてくる。

「どうしてですか?」

「え、どうして?」

二人はさっきまでの張り詰めた空気は何処へやら、心底不思議そうに昭仁を見てくる。そんな反応が返ってくるとは思わない昭仁は面食らった。

「や…だって…」

一子とは初対面だ。そんな輩が、込み入った話を傍らで聞いているのも悪い。昭仁にはそんな遠慮ともつかぬ配慮があった。

「さっきお会いしたばかりなのに、なんで帰るんですか」

が、いらぬ心配だったようだ。一子の隣で、彼女の言葉に賛同して朔良も頷いている。

「はい、昭仁様、どうぞ座ってください」

「はあ…」

昭仁は中途半端に浮いた腰を、仕方なしに畳に落ち着けた。

「私のそこらへんのことは、また追い追い話しますよ、朔良さん。そんなことより、本当に久しぶりなんですから、もっと楽しいお話をしましょうよ!」

一子がにっこりと笑って、両の手を胸の前で打ち合わせる。

「…本当に、一子は変わらないですね」

小さく嘆息して、朔良が言った。
けれど、その表情は決して嫌そうではない、と昭仁は思った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』

コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ” (全20話)の続編。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211 男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は? そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。 格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

たずねびと それぞれの人生

ニ光 美徳
ライト文芸
 父が参加したゲームのオフ会が発端で、隠し子を探すために失踪する母。大好きな彼氏の隠し事。  ある事件に関わる人たちの、それぞれの人生。  犯人は一体誰?  主人公の麻智は、最終的にどんな決断をするのかー?  少しだけミステリーの、現代ドラマな話。  1話あたり2,000〜3,000文字。

湖の町。そこにある学校

朝山みどり
ライト文芸
寂れた町の学校。照明器具を買う予算を賄う為に、寄付をつのる事にした。寄付と言ってもただ貰いに行ってもなにも貰えない。どうすれば?? 劇を、それもミュージカルを上演して見てもらおう。そう思って、生徒も先生も頑張る。 すると・・・手を差し伸べてくれる人が現れる。 素直に親切にされる生徒と先生・・・さて、どうなるでしょう??

処理中です...