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一子との再会
7.
しおりを挟む「いいんじゃないですか。それに、一子はこうと言ったことは取り消しませんよ」
見ると縁側には朔良が立っていた。
「朔良さん、お帰りなさい。よかった、母の着物は寸法合ったんですね」
軽く頷いて、朔良は室内に足を踏み入れた。
今の今まで、彼は汚れてしまった着物を着替えに行っていた。
朔良たちを出迎えた住職は、娘が連れてきた酷い格好の朔良を見て目を剥いた。次いで、事情を察した様子で、呆れたように一子を見た。その視線を受け、一子は罰が悪そうに笑っていた。
それから住職は、朔良には着替えてもらうから、一子は昭仁を案内するようにと言い残した。それで、昭仁は方丈に案内されたというわけだ。
朔良が、昭仁と一子の側へ腰を降ろす。湯も浴びたようで、泥が絡まっていた髪もすっかり綺麗になって、元の艶やかさを取り戻している。
不意に朔良が、昭仁に視線を寄越してきた。意味ありげに微笑する。
「じゃないと、また襟首捕まれるかも…」
「う…」
ひとり事情の知らない一子が、身を乗り出す。
「え?何ですか?」
「な、何でも!」
昭仁が慌ててごまかす。朔良にされたことを、一子にも実行されたらたまらない。
「隠し事なんて酷いですよぉ」
「それを言うなら、一子の方です。こちらに帰省するなら、長期の休暇が必要でしょう。そんなこと、勤め先は許してくれたんですか?」
一子がそれまでの無邪気な笑み引っ込めた。すぐに口元だけに笑みを敷く。
「大丈夫ですよ。ちゃんとお許しはいただきましたから」
「一子…?」
朔良が訝しげな顔をする。彼も何か察するところがあったようだ。
これは、何か訳ありなようだと、昭仁は腰を浮かせた。
「俺はじゃあ先に屋敷に帰ってるな」
途端に、二対の瞳がきょとんと見つめてくる。
「どうしてですか?」
「え、どうして?」
二人はさっきまでの張り詰めた空気は何処へやら、心底不思議そうに昭仁を見てくる。そんな反応が返ってくるとは思わない昭仁は面食らった。
「や…だって…」
一子とは初対面だ。そんな輩が、込み入った話を傍らで聞いているのも悪い。昭仁にはそんな遠慮ともつかぬ配慮があった。
「さっきお会いしたばかりなのに、なんで帰るんですか」
が、いらぬ心配だったようだ。一子の隣で、彼女の言葉に賛同して朔良も頷いている。
「はい、昭仁様、どうぞ座ってください」
「はあ…」
昭仁は中途半端に浮いた腰を、仕方なしに畳に落ち着けた。
「私のそこらへんのことは、また追い追い話しますよ、朔良さん。そんなことより、本当に久しぶりなんですから、もっと楽しいお話をしましょうよ!」
一子がにっこりと笑って、両の手を胸の前で打ち合わせる。
「…本当に、一子は変わらないですね」
小さく嘆息して、朔良が言った。
けれど、その表情は決して嫌そうではない、と昭仁は思った。
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