こい唄

あさの

文字の大きさ
上 下
16 / 46
令嬢の秘密

6.

しおりを挟む

「それはよかった」

応えた朔良の横顔を見遣った昭仁は「その…」躊躇いながらも問い掛けた。

「やっぱり屋敷にいた方がよかったのかな」

「どうしてそう思うんですか?」

ややあってから、問い返してきた朔良が、身体ごと昭仁に向き直る。その表情は変わらず無感動に見えた---表面上は。

「君が…」

そこで一度、昭仁は言葉を途切れさせた。わけを話そうとする彼ですら、明確な言葉が浮かんでいたのではなかった。

「私…いや、俺のこれは、職業病だと思ってくれ。どうしてもひとの表情とか反応が目についてしまうんだ。…どうしてか君が、淋しそうにみえたから」

昭仁の突飛な言葉とも取れる発言を、朔良はしっかりと聞き届けていた。やがて、朔良は流れる水の文様も素晴らしい庭に視線を投げた。

「―――…ここを、いつも綺麗にしていたひとがいたんです。そのひとを思い出して、少し、懐かしくなっていました」

参拝者のいない境内は変わらず静かで、朔良の静かな声がやけに昭仁の耳に余韻を引いて残る。昔話を語るには、あまりにも不釣り合いな声音だ。淡々と話す朔良の声しか知らなかった昭仁は、そんな朔良の声を聞いて内心で驚いていた。

声と同様に静かな横顔に浮かぶ表情は、如何なる感情なのだろうか。昭仁には、わからない。でも、淋しさだけではない気がした。

「ここに来ようと言ったのは僕なんですから、兄さんが気にすることなんかないですよ」

庭を見たまま、朔良が続けた。何と声をかけるべきか、それとも何も言わない方がいいのかと昭仁が迷っている間に、庭を見ていた朔良が昭仁を振り返った。

「昭仁兄さんは、何と言われてここにやって来たんですか?」

いよいよだと思った。昭仁が背筋を伸ばす。

同時に、朔良のその問い掛けで、昭仁の脳裏に蘇るものがある。

「志人さんではなく、俺を指命して、突然失った君の声を診るように、と。もし心的な要因ならば、その要因を取り除くように。そう言われたよ」

一月前、東京にいた昭仁のもとへ訪ねてくる者があった。その者は、月瀬本家からの書状を携えた使者だった。困惑も露な彼に、使者はただ淡々と、自らの勤めを果たし背中を向けた。本家の要請に、昭仁の意思は関係ない。一連の出来事は、そのことを物語っていた。


…赦されていないのだろう。そう思うのは、こういう時だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

【完結】雨上がり、後悔を抱く

私雨
ライト文芸
 夏休みの最終週、海外から日本へ帰国した田仲雄己(たなか ゆうき)。彼は雨之島(あまのじま)という離島に住んでいる。  雄己を真っ先に出迎えてくれたのは彼の幼馴染、山口夏海(やまぐち なつみ)だった。彼女が確実におかしくなっていることに、誰も気づいていない。  雨之島では、とある迷信が昔から吹聴されている。それは、雨に濡れたら狂ってしまうということ。  『信じる』彼と『信じない』彼女――  果たして、誰が正しいのだろうか……?  これは、『しなかったこと』を後悔する人たちの切ない物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

Bo★ccia!!―アィラビュー×コザィラビュー*

gaction9969
ライト文芸
 ゴッドオブスポーツ=ボッチャ!!  ボッチャとはッ!! 白き的球を狙いて自らの手球を投擲し、相手よりも近づけた方が勝利を得るというッ!! 年齢人種性別、そして障害者/健常者の区別なく、この地球の重力を背負いし人間すべてに平等たる、完全なる球技なのであるッ!!  そしてこの物語はッ!! 人智を超えた究極競技「デフィニティボッチャ」に青春を捧げた、五人の青年のッ!! 愛と希望のヒューマンドラマであるッ!!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』

コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ” (全20話)の続編。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211 男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は? そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。 格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...