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令嬢の秘密
6.
しおりを挟む「それはよかった」
応えた朔良の横顔を見遣った昭仁は「その…」躊躇いながらも問い掛けた。
「やっぱり屋敷にいた方がよかったのかな」
「どうしてそう思うんですか?」
ややあってから、問い返してきた朔良が、身体ごと昭仁に向き直る。その表情は変わらず無感動に見えた---表面上は。
「君が…」
そこで一度、昭仁は言葉を途切れさせた。わけを話そうとする彼ですら、明確な言葉が浮かんでいたのではなかった。
「私…いや、俺のこれは、職業病だと思ってくれ。どうしてもひとの表情とか反応が目についてしまうんだ。…どうしてか君が、淋しそうにみえたから」
昭仁の突飛な言葉とも取れる発言を、朔良はしっかりと聞き届けていた。やがて、朔良は流れる水の文様も素晴らしい庭に視線を投げた。
「―――…ここを、いつも綺麗にしていたひとがいたんです。そのひとを思い出して、少し、懐かしくなっていました」
参拝者のいない境内は変わらず静かで、朔良の静かな声がやけに昭仁の耳に余韻を引いて残る。昔話を語るには、あまりにも不釣り合いな声音だ。淡々と話す朔良の声しか知らなかった昭仁は、そんな朔良の声を聞いて内心で驚いていた。
声と同様に静かな横顔に浮かぶ表情は、如何なる感情なのだろうか。昭仁には、わからない。でも、淋しさだけではない気がした。
「ここに来ようと言ったのは僕なんですから、兄さんが気にすることなんかないですよ」
庭を見たまま、朔良が続けた。何と声をかけるべきか、それとも何も言わない方がいいのかと昭仁が迷っている間に、庭を見ていた朔良が昭仁を振り返った。
「昭仁兄さんは、何と言われてここにやって来たんですか?」
いよいよだと思った。昭仁が背筋を伸ばす。
同時に、朔良のその問い掛けで、昭仁の脳裏に蘇るものがある。
「志人さんではなく、俺を指命して、突然失った君の声を診るように、と。もし心的な要因ならば、その要因を取り除くように。そう言われたよ」
一月前、東京にいた昭仁のもとへ訪ねてくる者があった。その者は、月瀬本家からの書状を携えた使者だった。困惑も露な彼に、使者はただ淡々と、自らの勤めを果たし背中を向けた。本家の要請に、昭仁の意思は関係ない。一連の出来事は、そのことを物語っていた。
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