こい唄

あさの

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令嬢の秘密

2.

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了承いたしかねる昭仁を見遣った朔良は、何気ない動作です、と腕を伸ばす。そして、すっかり油断している昭仁の胸倉を掴み、

「う、わ…っ」

自らの方へ思い切り引き寄せた。

意外なほど強い力に引っ張られ、昭仁は朔良の身体に倒れかかりそうになる。慌てて畳に両手をつき自重を支える。そうすると、ちょうど尻もちをついた朔良の身体を、昭仁の両腕が挟み込み覆い被さるような体勢になった。

上体を崩した昭仁の目前に迫った朔良が、静かな口調で囁いた。

「…今、ひとを呼べばどうでしょう」

「…っ」

朔良の意図を察した昭仁が、咄嗟に身を起こそうとする。が、それよりも早く、朔良が昭仁の胸倉を掴む力を強めた。軽く首が絞まり、苦しそうな顔をする昭仁を見、朔良は特に表情を変えずに淡々と続けた。

「きっと兄さんが僕を襲っているように見えますね。呼んでみましょうか」

「…さ、朔良さ、」

「昭仁兄さん」

先程よりも強い口調で朔良が昭仁の声を遮る。朔良の瞳は本気だった。

「…わかった、わかったから。だから離してくれ、…朔良」

「はい」

言質を取った朔良は、満足したのかあっさりと掴んだ手を離した。

昭仁から離れ、適度な距離を取って座すと、朔良は手慣れた仕草で乱した着物を正す。着物のよりを正し、衿元の乱れをみるみる直していく。昭仁がこの状況をなんとか把握しようと悶々としている内に、彼の前にはすっかりいつも通りきっちりと着物を纏った朔良がいた。

「挨拶がまだでした。兄さん、こんばんは。手荒な真似をしてごめんなさい」

「ああ、今晩は…、いや…そうじゃなくて…一体どういうことか説明してほしいんだけど」

力無い声で昭仁が説明を請う。

すると、朔良は、

「そうですね」

と軽い声音で了承する。しかし、次には優雅な仕草で立ち上がった。

「でも、一から説明するには、今晩はもう遅いので帰ります」

「へ…?」

その遅い時刻に、忍び込んできた張本人がもっともらしい正論を並べ、あっさりと踵を返し、部屋を出て行こうとする。朔良、と思わず呼び止める昭仁の声が、細い背中にかかる。

「明日、また甘味を用意して、来てくださるのを楽しみにしています」

返事の代わりに、障子に手をかけていた朔良が、肩越しに僅か振り返って告げた。

「おやすみなさい、兄さん」

障子が、すたん、と閉じられた。

朔良が去りしんと静まり返る部屋で、昭仁はひとり、

「……なんだったんだ…?」

と、呆然と呟く。今までの出来事が幻ではないことを、絞められた喉の苦しさを思い出すことで実感するのだった。

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