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第三章 紫電の命運
act.54 お困りモニカちゃん②
しおりを挟むモニカの心配事はそれだけではない。イグナールの覚醒――事故のような出来事で例を見ない特殊ケースだが――である。膨大な魔力を誇る彼ではあるが、この時分まで属性が現れなかった。
選ばれし勇者ディルク・バーデンから直接剣術の手ほどきを受け、イグナールの努力である程度のレベルまでそれを修めた。確かに彼は強くなった、しかしそれは魔法を抜きにした人間基準での話だ。バージス付近に現れる、上級の魔物どころか、中級の魔物にも太刀打ち出来ない。
純然たる身体能力や近接戦闘ではイグナールの方が優れるだろうが、魔法を加味するとはっきり言ってモニカの足元にも及ばない。別にイグナールを貶したいわけでも今までの努力を馬鹿にしたいわけでもない。むしろそんな直向(ひたむ)きな努力をする彼には好感が持てる。
いやもう、好き。
今まではイグナールはモニカにとって守る側であり、庇護の対象であった。元々幼馴染と言う事で仲が良かったが、この二年間の旅の中、いつ頃からか彼の一挙手一投足が気になりはじめ、自然とイグナールを目で追うようになっていた。
もしやこれが母性と言うものではないだろうかと身近な大人の女性、デボラに相談したところ「モニカちゃん。それはかーんぜんに恋よ」と断言された。モニカ十五歳の出来事である。それ以降彼女のイグナールを見る視線は熱が帯びることになる。
ディルクとの稽古に打ち込むイグナール。自分よりも強い魔物に懸命に立ち向かっていくイグナール。いつまでも属性が発現しないことに焦りつつも、皆の前では表に出さないように努めるイグナール。そんな彼に好感が持てる。
いやもう、大好き。
二年間の旅でイグナールは確かに強くなった。だがそれも魔法を抜きにした場合の話であり、到底魔界で通じるようなものではない。彼の頑張りをずっと見ていたディルクは属性の発現を期待し、イグナールを魔界に連れて行くつもりだった。
だが、モニカはそんな危険なところへ彼を行かせることに断固反対した。人間界で遭遇する戦いならば、モニカが守ればいい。それに人間でも屈指の強さを誇る魔法剣士、勇者ディルクと自然災害の二つ名を持ち最高峰と謳われる風属性魔法使いデボラがいるのだ敗北はありえない。
だが、魔界と言う未知の領域ではどうだろうか? 彼らが勝てない魔物に遭遇したならば、勿論モニカも彼を守ることは出来ない。二年もの間良くしてくれた彼らにも、イグナールにも悪いが、魔界への同行は断念して貰った。
こんな事がイグナールにばれたら嫌われちゃうかな? あんなに落ち込んでたもんね……
だが、彼女の心配事はそう言ったことではない。
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