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ep.4

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「おはようございます」

ドアの影から聞こえる声にピクリと俺は反応し、そちらを見つめた。
民宿やホテルで泊まるつもりだったのだが、部屋が空いてるらしく、そのまま友樹さんの家に泊まった俺はまだ、布団の中にいた。



「おはよう。桜子ちゃんよく眠れた?」

そう俺が返すと、先程の声の主である桜子ちゃんは横半分顔を出しながら陰に隠れ申し訳なさそうな顔をする。


「ぐっすりと寝てしまって申し訳ないです。あと、送ってくれたと兄に聞いて本当に申し訳なくて…………」

ううっと唸りながらどんどんドアの向こうに逃げそうな様を見ているとどうしようもなく笑いが込み上げる。

「気にしなくていいよ。友樹さんとおしゃべり出来たし、桜子ちゃんこそ、少しは気分は晴れたかな?」



そう俺が聞くと、先程まで逃げそうだった桜子ちゃんがドーンとドアから飛び出してきた。

「もちろんですよ! 愚痴を聞いてくれてありがとうございます!! お嫁さんいるのに、見ず知らずの女を気遣って下さって……本当に、ありがとうございます!!!」

優し過ぎますよーっと必死に言う桜子ちゃんをみていると何で、別れたんだろうとか、もったいないっと言う感想しか湧かなかった。年齢ってそんなにも気にすることなのかと元彼である男に聞きたいものだ。


「気にしなくていいよ。俺、嫁なんて居ないし」

まだ友樹さんに聞いていなかったのかと思いながら、結婚して居ないことを告げると桜子ちゃんは固まった。
どうしたんだろうと、俺が見つめると桜子ちゃんは口を開いた。


「……1年前に結婚して引退ってニュースで、えっと、今喧嘩して、別居とか家出とかそういう…?」

混乱しているのか、しどろもどろに言葉を紡ぐ桜子ちゃんに、申し訳なさが込み上げてきた。



「ごめんね。結婚したってのは嘘なんだ。体調不良だと、心配されるし、皆に祝福して欲しかったんだ」


嘘をついて辞めたのは、自分が悪い。でも、周りに心配されたくなかったのは本当だった。また、戻ってくるかもっと期待している人も居るが、今はまだ。そんな気も起こらない。何で俺は今まで、活動していたのか、働いていたのか、何でアイドルを始めたのかすら昔のことで思い出せない。それ程まで、自分を追い込めてたのかもしれない。


「次朗さんは優しいんですね。優しい嘘って感じがして、今も昔と変わらないです」

そんな桜子ちゃんの言葉を聞いて、俺がハッと目を見開くと彼女はニコリと微笑んだ。見覚えのあるその笑顔は誰のものでもない桜子ちゃんの笑顔だった。


「俺、昔のことあまり覚えていなくて……」


「はい」


「俺、桜子ちゃんに昔、何か言ったりとか」


幼い桜子ちゃんの姿が頭によぎる。だが、思い出そうとするほど、息がしずらい、胸が苦しい。何なんだ、俺は何かをずっと…………そう思って思い出そうとしていたら、桜子ちゃんは俺の異変に気づいたらしく俺の元に駆け寄った。


「何も無いですよ。次朗さんは弟さんの付き添いで家に遊びに来たりした時に、たまたま私と一緒にいただけで、それ以外は何も……本当に何もなかったんです」


そう諭しながら、小さな手のひらで俺の背中を摩る桜子ちゃんに俺は胸を預けてしまいたくなる。俺の方が年上なのに、不甲斐ない。
俺は多分、何かを忘れていることは確かなのに思い出すことができない自分に腹を立てることしか出来なかった。

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