上 下
43 / 54
ゲーム前

あなたはどれほどの

しおりを挟む
「アナ!?」

ルー様の焦る声を背に聞きながら、迫り来る魔力の塊と退治する。
無論、私にアレと退治するための何か術があるわけではない。

ただ、ルー様を護りたい。

その一心で、その魔力の塊がルー様に届かないよう受け止めるべく、両腕を突き出す。

背後でルー様がこちらに駆け寄ろうとする気配を感じるが、とても間に合いそうにない。
そのことに、ほっと安堵の息を吐く。

何故か、ものすごい勢いで迫ってきているはずの魔力の塊も周囲の動きも、私にとってはスローモーションのよう。

この膨大な魔力が、ルー様を傷つけるものではなく、誰かを救うものであれば良かったのに、なんて。

こんな切迫している状況で、こんな悠長なことを考えられるのはそのせいだろう。

それにしても、本当に勿体ない。
これだけの魔力だ。
清いことへと使えば、一体どれ程の人が救われるのか。
きっと、人智を越えるほどの奇跡が起こるはずなのに。

しかし、目の前に迫り来るものからは聖なる気配は一切なく、悲しみや怒り
、憎しみといったあらゆる負の感情が、隠されることなく溢れ出てきている。

恐らくそれは、王妃が長年抱え込み育ててきた感情。

これだけの負の感情を抱え込むことになった原因は、はっきりとしている。

………そう、陛下とカルマ様の存在。

愛した人から愛が得られないばかりか、愛した人には自分以外に愛する人がいて、それを間近で見せつけられることで生じる憎しみ。

そして、王妃という立場故に、陛下以外からの愛を求めて飛び立つこともできず、誰からも愛されることなどなく、まるで終わりのない牢獄のような環境で孤独に生きていかねばならない絶望。

その憎しみや絶望はいかばかりか。

自分の身に置き換えただけでも、身の毛がよだつ。

王妃もまた、被害者であるのだ。
この王侯社会で、血の繋がりで国や諸外国との秩序を保っている、この世界の。

政略結婚で愛し愛される関係を築ける人たちも、もちろんいたであろう。
だから、政略結婚を完全に否定するつもりはない。
だけど、そういう関係が築けなかった場合、もしくは、結婚相手以外に想う人がいる場合に政略結婚を強行、あるいは継続しても誰も幸せになどなれない。

そう思ってしまうのは、私に恋愛結婚を前提とした前世の記憶があるからかもしれない。

魔力の塊の中心で、血の涙を流す王妃の幻影がぼんやりと浮かぶ。

ーーーあぁ。
こんなにドロドロとした感情を抱えながら生きることが、どんなに苦しかったことでしょう。

ーーーどんなに悲しかったのでしょうか。

ーーーどれだけ惨めな思いを味わってきたの。

ーーーどれ程の決意で、その折れそうになる心を奮い立たせてきたのでしょうか。

ーーーそして、どれだけの絶望を経て魔女へと身を落としたのですか。

心の中で王妃へと問い掛ける。

気付けば、私の瞳からも涙が溢れていた。
そして、魔力の中心にいる王妃の幻影を抱き締めるべく、それまで突き出していた両腕を大きく広げた。

「もう、大丈夫だよ…」

そう囁いた次の瞬間、私の体は魔力の塊に飲み込まれたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】公爵令嬢は王太子殿下との婚約解消を望む

むとうみつき
恋愛
「お父様、どうかアラン王太子殿下との婚約を解消してください」 ローゼリアは、公爵である父にそう告げる。 「わたくしは王太子殿下に全く信頼されなくなってしまったのです」 その頃王太子のアランは、婚約者である公爵令嬢ローゼリアの悪事の証拠を見つけるため調査を始めた…。 初めての作品です。 どうぞよろしくお願いします。 本編12話、番外編3話、全15話で完結します。 カクヨムにも投稿しています。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

悪役令嬢、隠しキャラとこっそり婚約する

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢が隠しキャラに愛されるだけ。 ドゥニーズは違和感を感じていた。やがてその違和感から前世の記憶を取り戻す。思い出してからはフリーダムに生きるようになったドゥニーズ。彼女はその後、ある男の子と婚約をして…。 小説家になろう様でも投稿しています。

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

家庭の事情で歪んだ悪役令嬢に転生しましたが、溺愛されすぎて歪むはずがありません。

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるエルミナ・サディードは、両親や兄弟から虐げられて育ってきた。 その結果、彼女の性格は最悪なものとなり、主人公であるメリーナを虐め抜くような悪役令嬢となったのである。 そんなエルミナに生まれ変わった私は困惑していた。 なぜなら、ゲームの中で明かされた彼女の過去とは異なり、両親も兄弟も私のことを溺愛していたからである。 私は、確かに彼女と同じ姿をしていた。 しかも、人生の中で出会う人々もゲームの中と同じだ。 それなのに、私の扱いだけはまったく違う。 どうやら、私が転生したこの世界は、ゲームと少しだけずれているようだ。 当然のことながら、そんな環境で歪むはずはなく、私はただの公爵令嬢として育つのだった。

婚約破棄は踊り続ける

お好み焼き
恋愛
聖女が現れたことによりルベデルカ公爵令嬢はルーベルバッハ王太子殿下との婚約を白紙にされた。だがその半年後、ルーベルバッハが訪れてきてこう言った。 「聖女は王太子妃じゃなく神の花嫁となる道を選んだよ。頼むから結婚しておくれよ」

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

処理中です...