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月が消えるとき 迫りくる闇
二
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「お兄様。私、実家に下がらせていただきます」
「………は?」
突然の私の宣言に、はとが豆鉄砲を食らったような顔で立ち尽くすお兄様を気にする余裕なんて、どこにもない。
今の私では、アルが側室を持つとなったときに、とてもじゃないけど受け入れられない。
だって、目の前でアルと側室が仲良くしているのを、笑って何事もないように、当たり前のように流して過ごすなんて、無理。
まるで、あの物語の悪役令嬢やかの国の王妃みたいに、側室となった方に八つ当たりしてしまうかもしれない。
そんな醜い姿をアルに見られてしまうなんて、ましてや愛想を着かされて離縁、もしくは幽閉されてしまうなんて、とてもじゃないけど耐えられない。
では、どうしたらいいのか?
アルが側室を持っても、許せるくらいの広い心を持つ。
それがすぐには無理ならば、アルへの気持ちを少しでも減らせたらいいのでは?
そうだ、それなら少し距離を置いたら何とかなるかもしれない。
ここで、誰か読心術をもつ者がいたら、全力で突っ込むだろう。
いや、まだ側室を持つって決まったわけじゃねーし!
と。
しかし、ここにはそんな特殊能力を持つものなどおらず、ティアリーゼの思い込みを止められる者は皆無であった。
そして、決定的台詞が告げられたのである。
「少し、アル離れをしようと思うの」
ーーーーー
ノックとともにカチャリと扉を開ける。
明るい日差しを背に、顔を上げることなく執務に励む主を目の前に、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
言うのか…?
俺が言わないといけないのか…?
なんでいつもこんな損な役回りばかり…
脳裏を駆け巡るのは、何だかよく分からないが、勝手に脳内暴走して実家に帰る宣言をするなり、制止するのも聞かずに領地へと舞い戻った妹への恨み節ばかり。
今執務で忙しそうだし、やっぱりまたの機会に…
そう思って踵を返そうとした瞬間、件の主が顔を上げた。
「どうした、エマ。リリーが来ていたようだが、ティアがどうかしたのか?」
「………えーっと、そのぉ。何て言うかぁ、いやぁ、今日も天気が良くて何よりだなぁなんて…はは」
「は?」
デスヨネー。
俺も言ってて意味分かんないもん。
いや、俺も何がどうなってこうなったのか、未だに分かってないからね?
ただ、結婚前の女が陥るのなんて一つしか知らない。
「…マリッジブルーってやつなのか?」
可能性の一つとしてうっかり口を突いて出た瞬間、室内に沈黙が広がる。
「あ、やべ。オブラート被せんの忘れた」
自分の失言に思わずそう呟くが、時すでに遅し。
「………ほう?」
一拍置いて、微笑むアルフレッドの感情が読めない。
「マリッジブルー…、そうか」
口元に手を当て、しばらく何かを考え込むように顔を俯けたアルフレッドに、たらりとエマニュエルの背中を嫌な汗が垂れていく。
「それで?ティアがマリッジブルーだと思うのは何故だ?ティアが何か言っていたのか?」
「え…?うぅんと………えぇっと、だな…」
「…」
煮え切らない俺を静かに待つアルフレッドが、何故か怖い。
むしろ急かすでもいいから何か言ってくれ!
いや、ダメだこれ。
言うのを躊躇ってたら、俺の寿命も縮んでいくパターンだ。
そう悟った俺は、躊躇いを捨てた。
己の胃を守るために。
「リーゼが宿下がりした。理由は詳しくは知らんが、お前離れするんだと!」
アルフレッドの顔を見ずに、やけのように告げた後、急に冷静になる自分が嫌だ。
何故なら気付いてしまうから。
またしても、オブラートに包み忘れたのを。
ソロリソロリと視線を上げて目の前の光景を目にした後、同じようにさりげなく視線を反らした。
目の前には、満面の笑みでこちらを見つめる男が1人。
「私離れ…ね。
どうやら、私の愛情の示し方が足りなかったらしい」
「いやぁ、そんなことは…」
「なかったらこんなことにはならないだろう?」
「………」
そう言うアルフレッドに、どう答えればいいのか、エマニュエルには分からなかった。
散々近くでイチャイチャしてるのを見せられているからこそ、否定したい気持ちの方が強いが、ティアリーゼの行動が矛盾を生む。
「私もできるだけティアと過ごす時間を作るようにしてはいたが。そうか、やはりティアも足りなかったのか」
リーゼ、お前は自分がこいつの中でどれ程比重を占めているのか、本当に分かってない。
分かってないからこそのこの行動なんだろうが…。
お前の行動一つで、こいつは愚帝にも賢帝にもなり得る。
それを、お前は身をもって思い知らなきゃいけない。
自分が、どれ程愚かなことをしたのかを。
「私はティアを追いかけるぞ」
とても輝かしい笑顔でそう宣言するアルフレッドを、止める勇気が俺にあると思うか?
いや、ない。
と、いうことで、お兄ちゃんはアルフレッドのことはお前に全部任せる。
何、執務のことは気にするな。
お前を追い掛けるのを引き留めて、ブリザードが吹き荒れる中アレの相手をすることを考えたら、執務なんて些細なことだ。
しっかり賢帝に戻してから帰ってくるように。
検討を祈る。
兄より。
「………は?」
突然の私の宣言に、はとが豆鉄砲を食らったような顔で立ち尽くすお兄様を気にする余裕なんて、どこにもない。
今の私では、アルが側室を持つとなったときに、とてもじゃないけど受け入れられない。
だって、目の前でアルと側室が仲良くしているのを、笑って何事もないように、当たり前のように流して過ごすなんて、無理。
まるで、あの物語の悪役令嬢やかの国の王妃みたいに、側室となった方に八つ当たりしてしまうかもしれない。
そんな醜い姿をアルに見られてしまうなんて、ましてや愛想を着かされて離縁、もしくは幽閉されてしまうなんて、とてもじゃないけど耐えられない。
では、どうしたらいいのか?
アルが側室を持っても、許せるくらいの広い心を持つ。
それがすぐには無理ならば、アルへの気持ちを少しでも減らせたらいいのでは?
そうだ、それなら少し距離を置いたら何とかなるかもしれない。
ここで、誰か読心術をもつ者がいたら、全力で突っ込むだろう。
いや、まだ側室を持つって決まったわけじゃねーし!
と。
しかし、ここにはそんな特殊能力を持つものなどおらず、ティアリーゼの思い込みを止められる者は皆無であった。
そして、決定的台詞が告げられたのである。
「少し、アル離れをしようと思うの」
ーーーーー
ノックとともにカチャリと扉を開ける。
明るい日差しを背に、顔を上げることなく執務に励む主を目の前に、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
言うのか…?
俺が言わないといけないのか…?
なんでいつもこんな損な役回りばかり…
脳裏を駆け巡るのは、何だかよく分からないが、勝手に脳内暴走して実家に帰る宣言をするなり、制止するのも聞かずに領地へと舞い戻った妹への恨み節ばかり。
今執務で忙しそうだし、やっぱりまたの機会に…
そう思って踵を返そうとした瞬間、件の主が顔を上げた。
「どうした、エマ。リリーが来ていたようだが、ティアがどうかしたのか?」
「………えーっと、そのぉ。何て言うかぁ、いやぁ、今日も天気が良くて何よりだなぁなんて…はは」
「は?」
デスヨネー。
俺も言ってて意味分かんないもん。
いや、俺も何がどうなってこうなったのか、未だに分かってないからね?
ただ、結婚前の女が陥るのなんて一つしか知らない。
「…マリッジブルーってやつなのか?」
可能性の一つとしてうっかり口を突いて出た瞬間、室内に沈黙が広がる。
「あ、やべ。オブラート被せんの忘れた」
自分の失言に思わずそう呟くが、時すでに遅し。
「………ほう?」
一拍置いて、微笑むアルフレッドの感情が読めない。
「マリッジブルー…、そうか」
口元に手を当て、しばらく何かを考え込むように顔を俯けたアルフレッドに、たらりとエマニュエルの背中を嫌な汗が垂れていく。
「それで?ティアがマリッジブルーだと思うのは何故だ?ティアが何か言っていたのか?」
「え…?うぅんと………えぇっと、だな…」
「…」
煮え切らない俺を静かに待つアルフレッドが、何故か怖い。
むしろ急かすでもいいから何か言ってくれ!
いや、ダメだこれ。
言うのを躊躇ってたら、俺の寿命も縮んでいくパターンだ。
そう悟った俺は、躊躇いを捨てた。
己の胃を守るために。
「リーゼが宿下がりした。理由は詳しくは知らんが、お前離れするんだと!」
アルフレッドの顔を見ずに、やけのように告げた後、急に冷静になる自分が嫌だ。
何故なら気付いてしまうから。
またしても、オブラートに包み忘れたのを。
ソロリソロリと視線を上げて目の前の光景を目にした後、同じようにさりげなく視線を反らした。
目の前には、満面の笑みでこちらを見つめる男が1人。
「私離れ…ね。
どうやら、私の愛情の示し方が足りなかったらしい」
「いやぁ、そんなことは…」
「なかったらこんなことにはならないだろう?」
「………」
そう言うアルフレッドに、どう答えればいいのか、エマニュエルには分からなかった。
散々近くでイチャイチャしてるのを見せられているからこそ、否定したい気持ちの方が強いが、ティアリーゼの行動が矛盾を生む。
「私もできるだけティアと過ごす時間を作るようにしてはいたが。そうか、やはりティアも足りなかったのか」
リーゼ、お前は自分がこいつの中でどれ程比重を占めているのか、本当に分かってない。
分かってないからこそのこの行動なんだろうが…。
お前の行動一つで、こいつは愚帝にも賢帝にもなり得る。
それを、お前は身をもって思い知らなきゃいけない。
自分が、どれ程愚かなことをしたのかを。
「私はティアを追いかけるぞ」
とても輝かしい笑顔でそう宣言するアルフレッドを、止める勇気が俺にあると思うか?
いや、ない。
と、いうことで、お兄ちゃんはアルフレッドのことはお前に全部任せる。
何、執務のことは気にするな。
お前を追い掛けるのを引き留めて、ブリザードが吹き荒れる中アレの相手をすることを考えたら、執務なんて些細なことだ。
しっかり賢帝に戻してから帰ってくるように。
検討を祈る。
兄より。
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