聖なる森と月の乙女

小春日和

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忘却の空と追憶の月

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「私の側を離れるなと言っただろう!」

リンゲル国王の姿が完全に見えなくなるのを確認したあと、アルフレッドは振り向きざま開口一番に怒鳴った。

「も、申し訳…」

「大体、あなたは隙がありすぎるんだ!男を前に頬を赤らめたりして!何を言われたのか知らないが、私の婚約者だという自覚が足りないんじゃないのか?」

「…!」

「殿下!さすがにそれは言い過ぎ…!」

リリーが咄嗟にアルフレッドに苦言を呈するのがどこか遠くで聞こえる。

なによ。
なによなによなによ!
自分は私のこと忘れたくせに。
私のことだけ、綺麗さっぱり忘れたくせに。
私じゃない人を選ぶくせに!

ポタポタと床に涙が落ちるのを、ただ呆然と見つめる。

アルなんか、アルなんか…ーーー!

謝るために下げていた顔を勢い良く上げる。
涙に濡れた私の瞳を見て、アルフレッドが息を呑むのを私はキッと睨み付けた。
そして、アルフレッドに渡せるタイミングがあればといつもドレスのポケットに忍ばせていたお守りの匂袋を力一杯投げ付ける。

「アルなんか…、大っっっっ嫌い!」

「っ!」

「ティアリーゼ様!」

ーーー

嫌い、嫌い、大嫌い。
だけど…好き。
好きだけど…嫌い。

ぐちゃぐちゃな気持ちのまま、一人になりたくて自分に割り当てられていた客室に駆け込んで鍵をかける。

「ティアリーゼ様…」

追いかけてきたリリーが気遣わしげに声をかけてくる。
アルフレッドは…来ない。
当たり前か。

今頃スカイレットを部屋へ案内しているだろうか。
もしかしたら、そのまま二人同じ部屋で休むのだろうか。
よくよく考えたら、二人は何日か同じ屋根の下で過ごしていたのだ。
もう、そういう関係になってしまっていてもおかしくはない。
何だ、やっぱり私は邪魔者だった。
貴賓の接待も満足にできない、何の役にも立たない婚約者。

アルフレッドなんか嫌い。
…本当に嫌いになれたらいいのに。

「おやおや、こんなに泣き崩れて可哀想に…」

「!?」

先ほど見送ったはずの声が頭上から聞こえる。
驚いて顔を上げると、暗闇の中、この部屋唯一の窓を背に、リンゲル国王が不気味な笑みを浮かべて佇んでいた。

「ど、して…」

恐怖に引き攣る喉を精一杯動かしながら、ドアの取っ手を手探りで探す。

「ティアリーゼ様?どうかなさいましたか!?
…誰か!誰か鍵を!!早く!」

扉の外でリリーが異変を察知して声を上げる。
そんな外野のことなど気にしないように、余裕ある笑みを浮かべるリンゲル国王。

「だって、言ったでしょう?お迎えに参ります、と」

リンゲル国王は、困ったように顔を傾ける。

「こんなに強引に連れていくつもりはなかったんですよ?
当初の計画では、皇太子に事故に遭ってもらって、助けた女性と運命の出会いをして、あなたとは婚約破棄をして運命の人と結ばれてめでたしめでたし。
婚約破棄されたあなたも、傷心中のところを僕に癒されて恋に落ちて。
ーーーそして、僕は伝説の月の乙女を手に入れる」

ね、みーんなハッピーエンド。
だけど、とリンゲル国王は顎に手を添えて理解できないとポツリと溢す。

「あの皇太子、全然スカイレットに靡かないんだ。全部上部だけの対応だけ。やっぱり見目が良くても野心が強いとダメだね。君やスカイレットは面白いくらい勘違いしてくれてたけど。スカイレットはともかく、君が勘違いしてくれて良かったよ。
まぁ、役目を全うできないスカイレットはもう用済みだし、余計なこと喋られても困るから、今頃もうただの肉片になってると思うけど」

「な、んで…」

「なんで?…ふふ、全て君を手に入れるためだよ。
昔からリンゲル国とウェーバー領は裏での結び付きが強くてね。最初はウェーバー卿に協力要請したんだけど、断られちゃって。
しょうがないからバルバド司教を買収して、領主を始末してもらった。
この地域の領主が行方不明ということは、ただ事ではないからね。
きっと皇太子が出てくると踏んで、ずっと機会を待ってたのさ。
ここまで誘き出さなきゃ、守りが厚すぎて君に接触すらできなかったからね」

「ティアリーゼ!」

外からアルフレッドが私を呼ぶ声が聞こえる。
それと同時に鍵を開けようとする音も。

「ちょっと喋りすぎちゃったかな?」

リンゲル国王の狂気に満ちた瞳が私を射抜く。

「まだ分からないって顔をしてるね。大丈夫、城へ帰ってからゆっくり聞かせてあげるよ。
僕の愛しの女神様」

ゆっくりリンゲル国王が近付いてくる。
逃げたいのに、体が動かない。

「無駄だよ。あの宴のとき、皮膚から吸収されるしびれ薬を君の肌につけたんだ」

「っ!」

ただ、リンゲル国王の動向を見つめるしかできない恐怖で体が震える。
そして、何かの薬品を嗅がされる。

「ティア!!」

私の意識がのまれる直前、アルフレッドが長く呼ばれていなかった私の愛称を叫んだ気がした。

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