聖なる森と月の乙女

小春日和

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聖なる森と月の乙女

公爵令嬢と作戦会議①

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「…王女を連れて国へ帰れ。」

場所は変わって、ここはアルフレッドの執務室。
ことのなり行きをルナマリア様から聞いたアルフレッドは、苛立ちと焦りを含んだ厳しい声で言い放つ。

「言われると思っていましたが、私もそう易々と帰るわけには参りません。婚約者の命が掛かっているのです。」
「お前の婚約者の命を永らえようとしている間に、私の婚約者の命が脅かされているというのに?」

双方のここは引かないという意思がピリピリとした雰囲気が漂う。
ルナマリア様は婚約者の命を救うために月の雫を求めてこちらに来ているのに、帰るということはルナマリア様の婚約者は命が潰えるのも同じこと。
もし私がルナマリア様の立場で、アルの命が月の雫にかかっているとしたら、絶対に退かない。
それに、あの王女が大人しく隣国に帰るだろうか?
例え帰ったとしても、あの執着ぶりである。

「ねぇ、アル。私、例え王女を隣国に帰したって、結局は何も変わらないと思うわ。だって、王女にとって隣国にいる小娘を葬り去ることなんて、赤子の手を捻るよりも簡単だと思うの。」

腐っても王女である。権力を振りかざせば、従わざるを得ない状況になる者も出てくるだろう。
そんなこと、私に言われなくても平静のアルフレッドだったら考え付きそうなことなのに、今のアルフレッドは明らかに冷静さを欠いていた。

「それに、これはいい機会でもありましてよ。」
「いい機会…?」

アルフレッドがとても不愉快そうに顔をしかめる。

「そ、そうですわ!今アルの婚約者であるこの私に、害を与える人物を炙り出し成敗しておけば、この先、アルの本当の運命の相手が現れたとしても、煩わされることがないはずですもの!」

あぁ、我ながら何ていいことを考え付いたのかしら。
そうよ、引いては将来のアルフレッドの幸せのためなのよ。
ここで私が、アルフレッドの幸せを妨害する不届きものを成敗してあげるわ!

「ティアリーゼ様…」

あら?どうしてルナマリア様は、私をそんな可哀想な子を見るような目で見ているのかしら。

「ティアリーゼ。」

低く無理矢理感情を押さえ付けたような声で名を呼ばれる。
しかも愛称ではなく。
これは、アルフレッドがものすごく怒っている時と同じだ。同じということは、ものすごく怒っている。
なぜ!

「私が先日考えるように言ったことは、全く考えてくれていないようだね?あぁ、もしかしてもう忘れてしまったのかな?
言っても分かってもらえないんだったら、閉じ込めてしまってもしょうがないよね?」

口元は笑っているのに、目が全然、全く、一ミリも笑ってない。
いつの日かと同じように、アルフレッドの背後に黒いものが涌き出ている。
ぎぎぎっと、油の切れたブリキのように首を回し、ルナマリア様に助けを求める。
が、いない!
部屋のどこに目を向けても影さえ見当たらない。
見捨てられた!!

じりじりと近づいてくるアルフレッドに押されるようにじりじりと後退する私。

「それで?私に運命の相手とやらが現れたとして、そうなったら婚約者である君はどうするの?」
「も、もちろん潔く身を引きますわ。そして、まだ結婚してない辺境伯とか田舎の貴族を紹介してもらえたらなーって…」
「紹介?私がティアを他の男に紹介するの?…考えただけで虫唾が走るね。」

もう冷たいどころじゃない、ブリザードを背負って微笑みを浮かべるアルフレッドは、人間離れして美しかった。
その冷たくも美しい微笑みが私にじゃなく、他の人に向けられていたら安心してずっと眺めていられるのに、今は身の危険を感じてそれどころではないのが悔やまれる。

「婚約者になったのに、まだそんなこと考えているんだね?どうしたら、その考えを捨ててくれるんだろう。やっぱり既成事実を作るしかないのかな?」
「き、既成事実?!」

ナニソレ、オイシイノ?
冷や汗がたらりと流れるのを感じながら、本格的に逃亡しようと、扉までの距離を測る。
アルフレッドの様子を伺いつつ、愛想笑いを浮かべてさりげなく扉に向けてダッシュした。
が、すぐにアルフレッドに腕を取られる。
心の中で悲鳴を上げる私の肩口に顔を寄せたアルフレッドは、まるで私にすがり付くようにぎゅっと抱き着いてくる。

「どうしたら分かってくれるんだ。」

途方に暮れたように呟くアルフレッドの力ない呟きに、なぜか胸がぎゅっと締め付けられた。
堪らず私はアルを抱き締めるように、その広い背中に腕を回す。

「アル。…ねぇアル。私も、アルが一等大事。大事だから、アルに一番幸せになってほしい。そのために、私はアルとアルの大事なものを守るって決めてるの。だから、例えアルの望みでも閉じ込められてなんかやらない!」

宣戦布告のように潔く啖呵を切ってしばらくすると、肩口でクスクスと笑いだしたアルフレッドの吐息が肌に当たってくすぐったい。
身を捻って逃れようとしていると、アルフレッドがゆっくり顔を上げる。そして、私を抱き締め直して、敵わないな、と笑う。

「敵わないな、ティアには。
だけど、ティアに何かあったら、私は絶対に幸せになんてなれない。
それだけは忘れずに覚えておいて。」

穏やかにそう言うアルフレッドに、もういつものアルフレッドだとホッとする。
安心のあまりへにゃりと愛好が崩れるが、先程まで最高潮の緊張感に晒されていたのだ。
しょうがないよね?
ふにゃりとアルフレッドに笑い掛けると、いつもの温かい笑顔で微笑み返してくれる。
その微笑みを眼福だと眺めていた私は、その顔がどんどん近づいてくることに気づくのが遅れた。
今までにない顔の距離感におやっと思うのと、唇に柔らかいものが触れるのは同時だった。

「ーーーーーーーーっ!」

「愛しい人。私も必ず君を守るよ。」

止めとばかりに耳元で囁かれた甘い言葉に、恥ずかしすぎてアルフレッドの胸元に顔を埋めて、抗議の気持ちを込めてぎゅっとシャツの裾を握りしめる。
クスクスと胸を通して響くアルフレッドの穏やかな笑い声が耳に心地よかった。
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