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これは、ある未来の話。近年、発達しすぎた科学を人間たちが扱いきれず暴走の末、死者を出してしまうという痛ましい事故が多発していた。また、非行少年少女の多くが、過去に両親を失って経歴を持っていることから両親のいない寂しさから非行に向かうと考えた有識者の意見により、非行少年少女対策の一環として国がある制度を始めた。それがFoster Parents AI制度、通称F(エフ).P(ピー).A(エー).I(アイ)だ。F.P.A.Iは、不慮の事故や事件によって孤児となった十八歳以下の者に対し、両親そっくりに作られたアンドロイドの人工知能に遺体の脳から子供との記憶や両親の性格などを学習させ、生前と変わらないような疑似家族を作る制度である。万が一、非行に向かったときのために疑似両親の中には監視システムが搭載されており、毎日映像として管理局に届けられている。非行行為が認められた場合は警察や関係機関が訪問し校正プログラムを行うことになっている。そして、対象の子供が十八歳を迎えると、地方自治体から疑似両親を回収し独り立ちするようになる。ちなみに、Foster Parentsとは里親という意味の英単語である。
*
中学二年生の北山(きたやま)湊(みなと)は、学校が終わると病院に行く。湊に持病があっての通院ではなく、母親のお見舞いだった。湊の母親は、昨年の夏に腹痛を訴え病院に搬送された。今は、病院に行かなくとも家庭にある簡易診察機でほとんどの病気は分かることになっており、処方薬も簡易診察機から申し込めば家に届くという便利な世の中だ。それでも、病院に行かなければならないのは、簡易診察機がデータを持っていない病気か手術が必要な時である。母親は、前者だった。病院に搬送されたが、病名は分からず容態が安定しないことから緊急入院となった。それ以来、湊は毎日病院に通い続けている。その生活も気が付けば一年を迎えていた。母親は、かなり衰弱が進み自分の意志で言葉を発することも自己呼吸もできなくなってしまった。もう機械に生かされているという状態ではあったが、また以前のように暮らしたいという希望を捨てることができず、母親の治療は継続されていた。
「北山湊くん、大至急、職員室まで来てください。北山くん、大至急、職員室までお願いします。」
呼び出しの放送が鳴ったため、急いで職員室に向かった。久しぶりに友達と遊ぶ予定を立てていた最中だったので、苛立ちを抱えながら。職員室に入ると、目の前にモニターが出てきた。このモニターに名前と学籍番号を入力し、左手の人差し指を押し付けると静脈認証で要件が表示されるようになっている。昔の名残で職員室なんて呼んではいるが、実際に学校に勤務しているのは各クラスの担任と総括者、それから管理職と事務作業に一人。学校もかなりシンプルになってしまった。モニターには、父親の会社に折り返し連絡するようにと書いてあったので、そのモニターから父親の会社にアクセスする。父親の名前を入力すると、信じられない文字があった。
「本日、午後十三時ごろ、技術部にて事故が発生。現在の状況:病院へ搬送。」
表示されている病院に急いで向かった。
病院に到着したときには、もう父親は息を引き取っていた。技術部のコンピューターが暴走し爆発。現場居合わせた技術部の職員五名が犠牲となった。その中の一人が父親だった。
「北山湊くんで間違いないかな?」
湊が父親の遺体と対面していたとき、五十代くらいの男性が声をかけた。
「そうですけど……。あなたは?」
「これは失礼、私はF.P.A.I管理部の杉村です。この度は、ご愁傷様でした。」
「F.P.A.I……?僕には、あれは孤児が受けるものですよね?僕には、母がいますが。」
「お母様がご存命なのは、我々も承知の上だ。しかし、今の状態でお母様が満足に君の面倒を見ることはできないと思う。違うかい?」
湊が言葉を返せないでいると、杉村は淡々と事務的な話を始めた。杉村の話によれば、F.P.A.Iはそもそも家族を失った少年少女が非行に向かうのを防ぐために確立された制度であり、近年では両親の存命に関わらず機能不全家族や仕事中心で両親が家に戻らない家庭にも適用される事例もあるらしい。今回、北山家も前例に従い提供されることになったそうだ。
「親が生きているのにF.P.A.Iの適用を受けるんですか?僕の家は機能不全なんかじゃないです。」
それだけいうと、湊は遺体安置室から出ていった。F.P.A.I制度が適用される日が来るなんて夢にも思っていなかった。しかも、母親が生きている間に適用されるなんて。
*
杉村が湊のもとに現れた日から三日ほどで疑似両親、つまりF.P.A.Iがやってきた。
「湊、また一緒に暮らせるな。」
父親役がそう言った。話し方も生前と変わらないアンドロイドに湊は気持ち悪くなった。
「また、三人で仲良く暮らそうね。」
母親役もまた、元気だったころの母親と瓜二つだった。機械の疑似両親に慣れることはなかった。疑似両親は、食事も作ってくれるし家事もしてくれる。以前の生活に比べると、湊の負担はかなり軽減した。それでも、湊の中には煮え切らないものがあった。
それから、三か月ほどして秋になった。三か月一緒に暮らしても疑似両親には馴染めず、だからと言って抵抗するわけでもなく、流れるがままになっていた。修学旅行の季節がやって来て、当分の間は家から離れられることが嬉しかった。あの気味が悪い家に帰らなくて済むと思うと、修学旅行までの辛抱だと自分に言い聞かせ疑似両親との疑似家族生活を乗り切った。
就学旅行当日、クラスメートが両親に送ってもらい話をしている中、湊は一人で学校に向かった。疑似両親をクラスメートに知られたくないというのが本音だった。
「なあ、お前さ、家どうなの?」
声をかけてきたのは、浦上(うらかみ)隼人(はやと)。隼人はクラスメートの格付け、いわゆるスクールカーストのトップに君臨するクラスを代表するようなワルだ。
「まあ。ぼちぼちかな。」
「あれだろ?F.P.A.Iって気味が悪いよな。死んだ相手が戻ってくるわけじゃねえのに。俺も受けてるからわかるけどよぉ、家じゃいい子してねえと役所の奴らが来るし。」
「浦上くん、適用者だったの?」
「おう。家に居るときは何もやんねえよ?更生何とかに呼ばれたけど、だるすぎたしな。」
「門限もある?」
「他の奴らと一緒。だから、集まりなんか行けねえし連絡も取れねえ。」
「たしかに隼人は来れねえもんな。代わりに俺が行ってるけど。」
横から入ってきたのは、隼人といつも一緒にいる山口海斗(やまぐちかいと)。
「なあ、俺らであの偽家族、ぶち壊さねえ?」
隼人からされた突然の提案に一瞬戸惑った。国の事業を中学生の湊たちが覆せないことは、誰が見ても明白だったと思う。湊も無謀な賭けだと分かっていた。
「やっぱり意味が分かんねえよ。死んだ奴をアンドロイドで戻そうなんか。」
「俺は適用者じゃねえけど、隼人がやる気ならやるよ。お互い離脱はなしな。普通の喧嘩とは相手が違う。」
「当たり前だ。北山、お前どうする?」
海斗と隼人が湊の方を向いた。
「やる。」
「なら、決定だな。」
修学旅行の自由行動も三人は一緒に過ごした。今まで接点のないように思われていた三人だったため、周りのクラスメートは戸惑い湊に近づく人も少しずつ減っていった。それでも湊は構わなかった。疑似家族を壊すと決めた三人は毎日話し合い、そして中学生としての日常を楽しんだ。
「なあ、二人とも今日家来るか?」
海斗の提案に驚いたのは、どうやら湊だけではなかったようだ。
「お前が家に呼ぶの初めてじゃね?」
隼人は開いた口が塞がらないとでもいう風にポカンとしていた。
「いや、学校だけでできる会話じゃねえし、お前らの家はアンドロイドが監視してるだろう?なら、俺の家しかねえじゃん。」
そういうわけで三人は、学校帰りにそのまま海斗の家へ行くことになった。
*
初めて行った海斗の家は、普通の家でどうして海斗があんなに荒れているのか湊は不思議だった。
「驚いただろう?俺、別に孤児でも何でもねえのにこんな感じだから。」
湊の心の中を察したように海斗が話しかけた。
「まあ、不良やるのが寂しさからなんか思ってるのは役人くらいだって。それが広まってテンプレみたいな扱いされてるけどよ、俺はもともと単車とか車が好きだったからな。まだ自動運転とかなかった三十年以上前の限定だけど。結局そんなのにあこがれる奴らって、こういう俺みたいな奴が多いわけ、隼人も含めて。古いのが好きな理由って何だと思う?」
「昔へのあこがれ?」
「近い。今の世の中ってさ、なんというか窮屈なんだ。自動運転は便利だろうけど、自分で動かす自由がねえ。そういうものに思い切り反発してえの。」
「窮屈、か。たしかに、そうなのかも。」
湊は、疑似両親が来てから生活は楽になったはずなのに、どこか嫌だった。その中にはきっと、疑似両親への気味の悪さ以外にも窮屈に感じていたことを思い出した。何をするも疑似両親に見張られている。何か不審な動きを見せれば、更生プログラムへ送り込まれるという恐怖からマニュアルでも与えられたかのような生活だった。そのとき、玄関の扉が開いた。
「悪い、迷った。」
隼人は、近くに飲み物を買いに行った帰りに迷っていたらしい。
「全員そろったな。ちょっと待ってろ。」
そういうと海斗は、部屋に案内してくれた。海斗の自室かどうかは分からないが、パソコンが一面に並んでいて、ニュースでしか見たことがないような最新機器が並んでいた。
「ここ兄貴の部屋。兄貴、ハッカーなんだよ。」
昔は犯罪者だったハッカーも、今では医者や国家機密を管理する国家公務員と同じレベルで語られる職業だ。それなら、こんなに最新機器が並んでいるのも納得できる。
「どうも、君らが海斗の友達?」
海斗の兄は、高身長で顔も海斗そっくりだった。海斗と違うのは、雰囲気そのものがインドア派のようで、あまり外には出ていなさそうだというところだけだった。
「こっちの悪そうなのが隼人で、真面目ちゃんなのが湊。」
「ああ、湊くん話は聞いたよ。大変だったね。大変なうえに、こんな奴らに絡まれて。」
「こんな奴らで悪かったな。」
不良と騒がれている海斗も兄の前では、普通の弟だ。
「海斗、俺たちは兄貴さんのこと何て呼べばいいんだ?」
ハッカーは身元の安全のために職に就いたら改名することが義務付けされ、家族以外にその名前を明かすことは禁止されている。しかし、何か呼び名がないと仕事上不便だと仕事をするときにはコードネームがあるのだ。
「俺のコードネームでもいいけど、面倒じゃないか?兄貴でいいよ。自己紹介は、このへんにして本題に移らないと、君ら時間ないだろう?」
忘れていたが、今日はF.P.A.Iを潰す話をするために海斗の家に集まったのだ。
「俺の視点から言わせてもらうと、潰す行為そのものが無謀だ。仮に成功すれば、君らの願い願ったり叶ったりだろうが、失敗すれば更生プログラムだけじゃ済まないぞ。犯罪者になる。それでも、やる覚悟があるなら俺は協力するよ。こいつも俺が成人しているから、あのシステムの適用を免れた。俺も個人的には、あのシステムに反対だ。生きている人間が帰ってくるわけねえのにな。」
湊はもちろん、隼人も海斗の両親が既に亡くなっていたことは知らなかった。
「兄貴さん、俺、やります。国に殺されたっていい。俺の親を、もてあそぶような機械が嫌なんです。」
「僕もやります。僕の母は俗にいう植物状態ですが、まだ生きています。それなのに、あれはいないも同然という風にF.P.A.Iの適用を受けました。生きているのに、いないも同然と言われたことが悔しくて、だから、やります。」
「決まったな。分かっていると思うが、途中でやめるなんかできないからな。とりあえず、部屋は余っているから、泊っていけ。携帯とか持っていたら電源切ってろ。というか、壊せ。どうせ、前の家族がいたころの携帯は押収されてるだろう?支給された携帯なら壊しといたほうが身のためだ。」
そう言われると、隼人と湊は顔を見合わせ携帯の電源を切り破壊した。
泊り始めて二日目、兄に湊だけが呼ばれた。
「湊くん、君がこれを知って計画から降りるかどうかは任せる。」
「どういう意味ですか。」
「お父様の直接の死因は知っているか?」
「会社の中の事故としか聞いてないです。」
「お父様の会社は?」
尋ねられて、ハッとした。湊は父親の会社がどこにあって、何をしているところか知らなかった。
「君のお父様はF.P.A.Iに使用されるアンドロイドの制作に関わっていた。事故は、お父様が被験者としてアンドロイドに新搭載される予定だった躾プログラムの実験を行っていた最中に起こったらしい。これがその報告書。国の機関のくせにセキュリティー緩かったから、すぐに抜き取れたよ。」
「死亡事故報告書……。」
そこには、事故の起こった経緯や湊に連絡が入った時間まで書かれていた。
「何が言いたいかというと、君がしようとしていること、つまりF.P.A.Iを潰すことはお父様の仕事を裏切ることのなる。それでも、いいか?」
「いいです。父は立派です。でも、父はアンドロイドの実験に利用されて殺されたんですよね、事故とは言えアンドロイドに。そのアンドロイドに僕は世話をされるんですよね。そんなの、もう嫌です。」
「分かった。確認したかったのは、それだけだ。その報告書、持っておくか?」
「一応、持っておきます。」
そう言って、兄の仕事場を離れた。
泊り始めて三日目、疑似家族が動き始めた。放送で湊と隼人を探す声が鳴りやまなかった。
「まずいな。二人には、窮屈だと思いをさせるが、当分はこの家から出ないでもらえるか?というか、出ないでほしい。あれに見つかったら、俺と海斗は誘拐犯だ。この計画は無駄になる。」
「分かりました。」
正直、海斗の家は退屈することがなかった。学校にも行かなかったが、三人で朝が来るまで話し続けたり、一緒に食事をしたり、携帯を使えないからこそ思いついたことも試した。毎日、数時間おきに鳴る二人の行方不明情報は不快だったが、それを除けば快適に楽しく過ごせていた。
「海斗、ちょっといいか。」
兄が海斗を呼んだ。
「海斗、そろそろ支度をしてくれ。後悔がないように。多分、この家を出たらここには戻ってこられないかもしれない。」
「どういうこと?」
「殺されるとかじゃなくてだな。システムを壊すということは、新しく代わりになるものを提供せざるを得ないだろう?」
「そういうことか。分かった。」
海斗には兄の言いたいことが分かった。F.P.A.Iの計画はインターネット上での攻撃の繰り返しになるだろう。この家を拠点にすることも間違いない。破壊したときに責任を問われるのも新しいシステムを構築するのも、全て兄の仕事になる。兄がいた痕跡を全て消し、三人は何も知らなかったことにしろというのが、兄の言葉の本質だ。海斗は廊下に出ると誰もいないことを確認し、一人で泣いた。
それから、さらに一週間後のことだった。
「今日から始めようと思う。」
ついに、そのときがやってきた。
「今は君らの行方不明でF.P.A.Iへの注目も高まっている。インターネット上に声明を撒いておいた。まずは同じように反発している人を探し出し、味方を作ろう。声明には、湊くんのお父様の件を使わせてもらった。実名や発信先は伏せてあるから、こんなことで危険にさらされたりはしない。安心してくれ。」
「湊のお父さんの件……?」
海斗と隼人が不思議そうに顔を見合わせた。
「湊くん、行ってなかったのか。すまない。」
「いえ、使うこと自体はいいと言いましたので。」
湊は呼吸を整えると少しずつ話し始めた。
「僕のお父さんは、アンドロイドを作る会社にいたらしくてさ。僕、お父さんの職業とか何も知らなくて、まだ実験段階のプログラムの被験者にされて、アンドロイドが暴走して、事故が起こったって。お兄さんから聞いて、二人にも話さなくちゃと思っていたんだけど、言えなくて、ごめん。」
話している最中に悔しさがこみあげてきて涙が止まらなかった。
「湊、辛かったよな。今度からは遠慮せず言えよ。」
「何のための俺たちなんだよ。全部、俺らで共有すれば苦しいのもちょっとは軽くなるだろう?」
海斗も隼人も言われていなかったことに嫌な顔ひとつしなかった。
【声明
先日、発生した実験中の被験者死亡事故において以下のような報告書が発見された。これは、F.P.A.Iが多くの犠牲の上に成り立っているものであり、この制度は死者だけでなくアンドロイドによる事故の犠牲者をも冒涜する制度だ。よって、我々は制度の廃止を訴える。この声明文発表から三日以内に担当機関が廃止に向けた何らかの動きを示さなかった場合、我々は廃止に向けた措置を執り行うことを宣言する。以下、死亡事故報告書】
「早速、反応があったな。」
リアクションは、様々だった。賛同する者、批判する者、からかう者、三者三様だった。
「三人とも、この場合は書かれていることよりもリアクションの数が大切だ。書かれていることを読んで一喜一憂するなよ。」
それから三日が経ったが、世間の注目が高まる一方で担当機関は何の対応も取らなかった。
*
迎えた約束の日、三人が目を覚ますと兄の姿がどこにもなかった。
「兄貴さんは?」
「海斗……。」
海斗を問い詰められる理由もなければ、兄を探す術もない。うなだれていると、玄関の方から大きな物音がした。行ってみると、玄関前に湊と隼人の疑似両親を含む複数のアンドロイドが扉を叩いていた。
「早く出ておいで。怒ったりしないから。」
「家でなんてする子じゃなかったのに。」
「悲しいよ。出てきてよ。」
アンドロイドたちが繰り返し繰り返し扉を叩きながら、叫んでいた。
「こっち。聞かなくていいよ、あんなの。」
二人は海斗に玄関の音が聞こえない部屋まで連れていかれた。
「兄貴なんだけど、担当機関に向かった。」
驚きが隠せなかった。兄がしたことは協力ではなく首謀だったからだ。
「裏からならまだ出られる。それに、兄貴が乗っていた単車もある。サイドカー付き。」
「行くしかねえな。」
「決定。湊は俺の後ろね。」
「海斗、無免許なんじゃ……。」
「今はそんなこと?」
「関係ない!」
いつも通り三人で笑いあうと、裏口から抜け出した。海斗がバイクに跨り後ろに湊が跨った。サイドカーに乗り込むと海斗はエンジンをかけ発進した。
兄が担当機関に機関の上層部に雇われたハッカーとして潜入したころだった。
「おめでとう。蜘蛛のように入ってきたネズミよ、君の可愛い弟くんたちがそろそろこちらに向かうんじゃないのかい?」
背後から声をかけてきたのは、F.P.A.Iの総責任者で湊の父親の病院にも現れた杉村だった。
「これはこれはお勤めご苦労様です。わざわざ来ていただけるとは、伺う手間が省けました。議題は決まっているわけですし、ゆっくり話しましょうよ。」
「その必要はない。」
杉村の後ろからアンドロイドが現れた。昔の自衛隊やSPに代わり、護衛や攻撃に特化した戦闘型アンドロイドだった。
「またまた、物騒なことがお好きですね。俺の両親もそうやって殺したんでしょう?」
「はて、何のことだ?俺の仕事のおこぼれで飯を食う部下のくせに、調子に乗るからいけないんだよ。お前と同じだ。」
「君たち!止まりなさい!」
警備員の声とガラスが割れる音がして振り返ると、海斗たちがそこにはいた。
「馬鹿兄貴!弟にくらいなんか言えよ!」
海斗はそう言うと、兄の隣ぎりぎりにバイクをつけた。
「面倒なことしてんじゃねえよ。」
そういうと兄は薄型の情報機器を取り出した。まるで、水面をなぞるかのような軽快さで操作すると、戦闘型アンドロイドはくるりと向きを変え杉村や警備員の方に向かった。
「あとは、頼んだよ。お疲れ様です!海斗、サイドに行け。」
海斗がサイドカーに移ると、兄が運転を始めた。
「ここはあれで充分だ。次、行くぞ。」
次に向かったのは、アンドロイドを生産している機関だった。
「これ!あのとき連絡してきた会社……。」
「やっぱりな。言ってなかったけど、俺の両親もここにいたんだよ。」
「え?」
海斗も知らなかったらしい。
「さっきの杉村という男にF.P.A.I制度ができたとき、反発した。そして、さっきみたいに戦闘型アンドロイドで殺された。アンドロイド暴走による職務中の事故として。」
「そんな……。」
悲しみに暮れる暇もなく、製造ラインに辿り着いた。
「待っていたよ。」
声のする方に目をやると、そこにいたのは先ほど戦闘型アンドロイドに襲われていたはずの杉村だった。
「なんで……。」
湊は驚きを隠せなかった。
「あれくらいじゃ大丈夫だったでしょう?」
「両親に似て、お前ら兄弟も友達もイライラするな。」
杉村は、湊たちを舐め回すように睨みつけた。
「お前らは、どうしようもないミスを犯している。そのことに気が付いていないようだな。ここは、何をするところだ?戦闘型アンドロイドの製造ラインだぞ?分かるか?ここがお前らの墓場だ!」
杉村は不気味に笑い始めた。
「何を言っている?ここはお前とアンドロイドの墓場だ。F.P.A.Iなんて、くだらない制度も終わるんだよ。」
兄は冷静に返した。
「馬鹿にすんじゃねえ!クソガキが!」
そう叫ぶと、杉村の後ろには数えきれないほどの戦闘型アンドロイドが並んでいた。絶対絶命の状況だが、湊の心にはなぜか余裕があった。じわじわと戦闘型アンドロイドが湊たちとの距離を詰めてくる。金切り音が響いた瞬間、一気に湊たちをめがけて飛びかかって来た。飛びかかってくるよりも早く、兄がバイクを動かした。構えていなかった湊と隼人は舌を噛みそうになったが、すぐに持ち直した。バイクがアンドロイドの群れを抜けた。ターゲットを見失ったアンドロイドは制御不能に陥り、アンドロイド同士で攻撃し合っていた。そんな光景を横目に兄はバイクを進めていく。少し経って、ターゲットを認識し直したアンドロイドは、湊たちの後を追いかけてきた。
「このまま突っ込むぞ。」
目の前にあったのは製造ラインとフロアを仕切るガラスだった。ガラスを突き破り縦横無尽にバイクを走らせた。
「兄貴、どうすんの。」
「このドブネズミがぁ!」
杉村の声が聞こえる。
「そろそろ、決着をつけるか。」
そう言うと海斗が兄の上着からナイフのようなものを取り出した。
「いくぞ!」
海斗は製造ラインにあった機械の送電線を切った。それがちょうどアンドロイドの潤滑油に接触した。直後に大きな音がして、製造ラインがあったフロアが燃え上がった。三日三晩燃え続け、火が消えた後には何も残っていなかった。丸ごと消滅した。フロア内は焦げたり爆発によって破壊されたりしたものが散乱し、粉々になった何かの欠片はアンドロイドか機械か人間かの区別がつかないほどだった。
*
安否不明となっていた湊・隼人・海斗・海斗の兄・杉村の五名は当時の状況から、脱出は難しいとされ死亡したと断定された。だが、目撃者の中には爆発の瞬間に建物からバイクが飛び出してきたという証言をする人もいた。それは、都市伝説として今もまことしやかに囁かれている。あの爆発後、居合わせたとされる五名の目撃証言はバイクが飛び出したという証言以外に出てきていない。また、F.P.A.I制度は爆発によってアンドロイドの生産ができなくなったことを理由に廃止された。代替案は出ておらず、すべてをアンドロイドに負担させるのは限界があるという意見も出されていることから、疑似家族そのものが否定された。
あの五名の行方は誰にも分からない。知る由もないだろう。科学の最高峰ともされたF.P.A.Iも意味のないものとして、ただの0と1の機械とされた。科学の暴走は何を生み何を消したのか、湊たちには分かっていたのかもしれない。
*
中学二年生の北山(きたやま)湊(みなと)は、学校が終わると病院に行く。湊に持病があっての通院ではなく、母親のお見舞いだった。湊の母親は、昨年の夏に腹痛を訴え病院に搬送された。今は、病院に行かなくとも家庭にある簡易診察機でほとんどの病気は分かることになっており、処方薬も簡易診察機から申し込めば家に届くという便利な世の中だ。それでも、病院に行かなければならないのは、簡易診察機がデータを持っていない病気か手術が必要な時である。母親は、前者だった。病院に搬送されたが、病名は分からず容態が安定しないことから緊急入院となった。それ以来、湊は毎日病院に通い続けている。その生活も気が付けば一年を迎えていた。母親は、かなり衰弱が進み自分の意志で言葉を発することも自己呼吸もできなくなってしまった。もう機械に生かされているという状態ではあったが、また以前のように暮らしたいという希望を捨てることができず、母親の治療は継続されていた。
「北山湊くん、大至急、職員室まで来てください。北山くん、大至急、職員室までお願いします。」
呼び出しの放送が鳴ったため、急いで職員室に向かった。久しぶりに友達と遊ぶ予定を立てていた最中だったので、苛立ちを抱えながら。職員室に入ると、目の前にモニターが出てきた。このモニターに名前と学籍番号を入力し、左手の人差し指を押し付けると静脈認証で要件が表示されるようになっている。昔の名残で職員室なんて呼んではいるが、実際に学校に勤務しているのは各クラスの担任と総括者、それから管理職と事務作業に一人。学校もかなりシンプルになってしまった。モニターには、父親の会社に折り返し連絡するようにと書いてあったので、そのモニターから父親の会社にアクセスする。父親の名前を入力すると、信じられない文字があった。
「本日、午後十三時ごろ、技術部にて事故が発生。現在の状況:病院へ搬送。」
表示されている病院に急いで向かった。
病院に到着したときには、もう父親は息を引き取っていた。技術部のコンピューターが暴走し爆発。現場居合わせた技術部の職員五名が犠牲となった。その中の一人が父親だった。
「北山湊くんで間違いないかな?」
湊が父親の遺体と対面していたとき、五十代くらいの男性が声をかけた。
「そうですけど……。あなたは?」
「これは失礼、私はF.P.A.I管理部の杉村です。この度は、ご愁傷様でした。」
「F.P.A.I……?僕には、あれは孤児が受けるものですよね?僕には、母がいますが。」
「お母様がご存命なのは、我々も承知の上だ。しかし、今の状態でお母様が満足に君の面倒を見ることはできないと思う。違うかい?」
湊が言葉を返せないでいると、杉村は淡々と事務的な話を始めた。杉村の話によれば、F.P.A.Iはそもそも家族を失った少年少女が非行に向かうのを防ぐために確立された制度であり、近年では両親の存命に関わらず機能不全家族や仕事中心で両親が家に戻らない家庭にも適用される事例もあるらしい。今回、北山家も前例に従い提供されることになったそうだ。
「親が生きているのにF.P.A.Iの適用を受けるんですか?僕の家は機能不全なんかじゃないです。」
それだけいうと、湊は遺体安置室から出ていった。F.P.A.I制度が適用される日が来るなんて夢にも思っていなかった。しかも、母親が生きている間に適用されるなんて。
*
杉村が湊のもとに現れた日から三日ほどで疑似両親、つまりF.P.A.Iがやってきた。
「湊、また一緒に暮らせるな。」
父親役がそう言った。話し方も生前と変わらないアンドロイドに湊は気持ち悪くなった。
「また、三人で仲良く暮らそうね。」
母親役もまた、元気だったころの母親と瓜二つだった。機械の疑似両親に慣れることはなかった。疑似両親は、食事も作ってくれるし家事もしてくれる。以前の生活に比べると、湊の負担はかなり軽減した。それでも、湊の中には煮え切らないものがあった。
それから、三か月ほどして秋になった。三か月一緒に暮らしても疑似両親には馴染めず、だからと言って抵抗するわけでもなく、流れるがままになっていた。修学旅行の季節がやって来て、当分の間は家から離れられることが嬉しかった。あの気味が悪い家に帰らなくて済むと思うと、修学旅行までの辛抱だと自分に言い聞かせ疑似両親との疑似家族生活を乗り切った。
就学旅行当日、クラスメートが両親に送ってもらい話をしている中、湊は一人で学校に向かった。疑似両親をクラスメートに知られたくないというのが本音だった。
「なあ、お前さ、家どうなの?」
声をかけてきたのは、浦上(うらかみ)隼人(はやと)。隼人はクラスメートの格付け、いわゆるスクールカーストのトップに君臨するクラスを代表するようなワルだ。
「まあ。ぼちぼちかな。」
「あれだろ?F.P.A.Iって気味が悪いよな。死んだ相手が戻ってくるわけじゃねえのに。俺も受けてるからわかるけどよぉ、家じゃいい子してねえと役所の奴らが来るし。」
「浦上くん、適用者だったの?」
「おう。家に居るときは何もやんねえよ?更生何とかに呼ばれたけど、だるすぎたしな。」
「門限もある?」
「他の奴らと一緒。だから、集まりなんか行けねえし連絡も取れねえ。」
「たしかに隼人は来れねえもんな。代わりに俺が行ってるけど。」
横から入ってきたのは、隼人といつも一緒にいる山口海斗(やまぐちかいと)。
「なあ、俺らであの偽家族、ぶち壊さねえ?」
隼人からされた突然の提案に一瞬戸惑った。国の事業を中学生の湊たちが覆せないことは、誰が見ても明白だったと思う。湊も無謀な賭けだと分かっていた。
「やっぱり意味が分かんねえよ。死んだ奴をアンドロイドで戻そうなんか。」
「俺は適用者じゃねえけど、隼人がやる気ならやるよ。お互い離脱はなしな。普通の喧嘩とは相手が違う。」
「当たり前だ。北山、お前どうする?」
海斗と隼人が湊の方を向いた。
「やる。」
「なら、決定だな。」
修学旅行の自由行動も三人は一緒に過ごした。今まで接点のないように思われていた三人だったため、周りのクラスメートは戸惑い湊に近づく人も少しずつ減っていった。それでも湊は構わなかった。疑似家族を壊すと決めた三人は毎日話し合い、そして中学生としての日常を楽しんだ。
「なあ、二人とも今日家来るか?」
海斗の提案に驚いたのは、どうやら湊だけではなかったようだ。
「お前が家に呼ぶの初めてじゃね?」
隼人は開いた口が塞がらないとでもいう風にポカンとしていた。
「いや、学校だけでできる会話じゃねえし、お前らの家はアンドロイドが監視してるだろう?なら、俺の家しかねえじゃん。」
そういうわけで三人は、学校帰りにそのまま海斗の家へ行くことになった。
*
初めて行った海斗の家は、普通の家でどうして海斗があんなに荒れているのか湊は不思議だった。
「驚いただろう?俺、別に孤児でも何でもねえのにこんな感じだから。」
湊の心の中を察したように海斗が話しかけた。
「まあ、不良やるのが寂しさからなんか思ってるのは役人くらいだって。それが広まってテンプレみたいな扱いされてるけどよ、俺はもともと単車とか車が好きだったからな。まだ自動運転とかなかった三十年以上前の限定だけど。結局そんなのにあこがれる奴らって、こういう俺みたいな奴が多いわけ、隼人も含めて。古いのが好きな理由って何だと思う?」
「昔へのあこがれ?」
「近い。今の世の中ってさ、なんというか窮屈なんだ。自動運転は便利だろうけど、自分で動かす自由がねえ。そういうものに思い切り反発してえの。」
「窮屈、か。たしかに、そうなのかも。」
湊は、疑似両親が来てから生活は楽になったはずなのに、どこか嫌だった。その中にはきっと、疑似両親への気味の悪さ以外にも窮屈に感じていたことを思い出した。何をするも疑似両親に見張られている。何か不審な動きを見せれば、更生プログラムへ送り込まれるという恐怖からマニュアルでも与えられたかのような生活だった。そのとき、玄関の扉が開いた。
「悪い、迷った。」
隼人は、近くに飲み物を買いに行った帰りに迷っていたらしい。
「全員そろったな。ちょっと待ってろ。」
そういうと海斗は、部屋に案内してくれた。海斗の自室かどうかは分からないが、パソコンが一面に並んでいて、ニュースでしか見たことがないような最新機器が並んでいた。
「ここ兄貴の部屋。兄貴、ハッカーなんだよ。」
昔は犯罪者だったハッカーも、今では医者や国家機密を管理する国家公務員と同じレベルで語られる職業だ。それなら、こんなに最新機器が並んでいるのも納得できる。
「どうも、君らが海斗の友達?」
海斗の兄は、高身長で顔も海斗そっくりだった。海斗と違うのは、雰囲気そのものがインドア派のようで、あまり外には出ていなさそうだというところだけだった。
「こっちの悪そうなのが隼人で、真面目ちゃんなのが湊。」
「ああ、湊くん話は聞いたよ。大変だったね。大変なうえに、こんな奴らに絡まれて。」
「こんな奴らで悪かったな。」
不良と騒がれている海斗も兄の前では、普通の弟だ。
「海斗、俺たちは兄貴さんのこと何て呼べばいいんだ?」
ハッカーは身元の安全のために職に就いたら改名することが義務付けされ、家族以外にその名前を明かすことは禁止されている。しかし、何か呼び名がないと仕事上不便だと仕事をするときにはコードネームがあるのだ。
「俺のコードネームでもいいけど、面倒じゃないか?兄貴でいいよ。自己紹介は、このへんにして本題に移らないと、君ら時間ないだろう?」
忘れていたが、今日はF.P.A.Iを潰す話をするために海斗の家に集まったのだ。
「俺の視点から言わせてもらうと、潰す行為そのものが無謀だ。仮に成功すれば、君らの願い願ったり叶ったりだろうが、失敗すれば更生プログラムだけじゃ済まないぞ。犯罪者になる。それでも、やる覚悟があるなら俺は協力するよ。こいつも俺が成人しているから、あのシステムの適用を免れた。俺も個人的には、あのシステムに反対だ。生きている人間が帰ってくるわけねえのにな。」
湊はもちろん、隼人も海斗の両親が既に亡くなっていたことは知らなかった。
「兄貴さん、俺、やります。国に殺されたっていい。俺の親を、もてあそぶような機械が嫌なんです。」
「僕もやります。僕の母は俗にいう植物状態ですが、まだ生きています。それなのに、あれはいないも同然という風にF.P.A.Iの適用を受けました。生きているのに、いないも同然と言われたことが悔しくて、だから、やります。」
「決まったな。分かっていると思うが、途中でやめるなんかできないからな。とりあえず、部屋は余っているから、泊っていけ。携帯とか持っていたら電源切ってろ。というか、壊せ。どうせ、前の家族がいたころの携帯は押収されてるだろう?支給された携帯なら壊しといたほうが身のためだ。」
そう言われると、隼人と湊は顔を見合わせ携帯の電源を切り破壊した。
泊り始めて二日目、兄に湊だけが呼ばれた。
「湊くん、君がこれを知って計画から降りるかどうかは任せる。」
「どういう意味ですか。」
「お父様の直接の死因は知っているか?」
「会社の中の事故としか聞いてないです。」
「お父様の会社は?」
尋ねられて、ハッとした。湊は父親の会社がどこにあって、何をしているところか知らなかった。
「君のお父様はF.P.A.Iに使用されるアンドロイドの制作に関わっていた。事故は、お父様が被験者としてアンドロイドに新搭載される予定だった躾プログラムの実験を行っていた最中に起こったらしい。これがその報告書。国の機関のくせにセキュリティー緩かったから、すぐに抜き取れたよ。」
「死亡事故報告書……。」
そこには、事故の起こった経緯や湊に連絡が入った時間まで書かれていた。
「何が言いたいかというと、君がしようとしていること、つまりF.P.A.Iを潰すことはお父様の仕事を裏切ることのなる。それでも、いいか?」
「いいです。父は立派です。でも、父はアンドロイドの実験に利用されて殺されたんですよね、事故とは言えアンドロイドに。そのアンドロイドに僕は世話をされるんですよね。そんなの、もう嫌です。」
「分かった。確認したかったのは、それだけだ。その報告書、持っておくか?」
「一応、持っておきます。」
そう言って、兄の仕事場を離れた。
泊り始めて三日目、疑似家族が動き始めた。放送で湊と隼人を探す声が鳴りやまなかった。
「まずいな。二人には、窮屈だと思いをさせるが、当分はこの家から出ないでもらえるか?というか、出ないでほしい。あれに見つかったら、俺と海斗は誘拐犯だ。この計画は無駄になる。」
「分かりました。」
正直、海斗の家は退屈することがなかった。学校にも行かなかったが、三人で朝が来るまで話し続けたり、一緒に食事をしたり、携帯を使えないからこそ思いついたことも試した。毎日、数時間おきに鳴る二人の行方不明情報は不快だったが、それを除けば快適に楽しく過ごせていた。
「海斗、ちょっといいか。」
兄が海斗を呼んだ。
「海斗、そろそろ支度をしてくれ。後悔がないように。多分、この家を出たらここには戻ってこられないかもしれない。」
「どういうこと?」
「殺されるとかじゃなくてだな。システムを壊すということは、新しく代わりになるものを提供せざるを得ないだろう?」
「そういうことか。分かった。」
海斗には兄の言いたいことが分かった。F.P.A.Iの計画はインターネット上での攻撃の繰り返しになるだろう。この家を拠点にすることも間違いない。破壊したときに責任を問われるのも新しいシステムを構築するのも、全て兄の仕事になる。兄がいた痕跡を全て消し、三人は何も知らなかったことにしろというのが、兄の言葉の本質だ。海斗は廊下に出ると誰もいないことを確認し、一人で泣いた。
それから、さらに一週間後のことだった。
「今日から始めようと思う。」
ついに、そのときがやってきた。
「今は君らの行方不明でF.P.A.Iへの注目も高まっている。インターネット上に声明を撒いておいた。まずは同じように反発している人を探し出し、味方を作ろう。声明には、湊くんのお父様の件を使わせてもらった。実名や発信先は伏せてあるから、こんなことで危険にさらされたりはしない。安心してくれ。」
「湊のお父さんの件……?」
海斗と隼人が不思議そうに顔を見合わせた。
「湊くん、行ってなかったのか。すまない。」
「いえ、使うこと自体はいいと言いましたので。」
湊は呼吸を整えると少しずつ話し始めた。
「僕のお父さんは、アンドロイドを作る会社にいたらしくてさ。僕、お父さんの職業とか何も知らなくて、まだ実験段階のプログラムの被験者にされて、アンドロイドが暴走して、事故が起こったって。お兄さんから聞いて、二人にも話さなくちゃと思っていたんだけど、言えなくて、ごめん。」
話している最中に悔しさがこみあげてきて涙が止まらなかった。
「湊、辛かったよな。今度からは遠慮せず言えよ。」
「何のための俺たちなんだよ。全部、俺らで共有すれば苦しいのもちょっとは軽くなるだろう?」
海斗も隼人も言われていなかったことに嫌な顔ひとつしなかった。
【声明
先日、発生した実験中の被験者死亡事故において以下のような報告書が発見された。これは、F.P.A.Iが多くの犠牲の上に成り立っているものであり、この制度は死者だけでなくアンドロイドによる事故の犠牲者をも冒涜する制度だ。よって、我々は制度の廃止を訴える。この声明文発表から三日以内に担当機関が廃止に向けた何らかの動きを示さなかった場合、我々は廃止に向けた措置を執り行うことを宣言する。以下、死亡事故報告書】
「早速、反応があったな。」
リアクションは、様々だった。賛同する者、批判する者、からかう者、三者三様だった。
「三人とも、この場合は書かれていることよりもリアクションの数が大切だ。書かれていることを読んで一喜一憂するなよ。」
それから三日が経ったが、世間の注目が高まる一方で担当機関は何の対応も取らなかった。
*
迎えた約束の日、三人が目を覚ますと兄の姿がどこにもなかった。
「兄貴さんは?」
「海斗……。」
海斗を問い詰められる理由もなければ、兄を探す術もない。うなだれていると、玄関の方から大きな物音がした。行ってみると、玄関前に湊と隼人の疑似両親を含む複数のアンドロイドが扉を叩いていた。
「早く出ておいで。怒ったりしないから。」
「家でなんてする子じゃなかったのに。」
「悲しいよ。出てきてよ。」
アンドロイドたちが繰り返し繰り返し扉を叩きながら、叫んでいた。
「こっち。聞かなくていいよ、あんなの。」
二人は海斗に玄関の音が聞こえない部屋まで連れていかれた。
「兄貴なんだけど、担当機関に向かった。」
驚きが隠せなかった。兄がしたことは協力ではなく首謀だったからだ。
「裏からならまだ出られる。それに、兄貴が乗っていた単車もある。サイドカー付き。」
「行くしかねえな。」
「決定。湊は俺の後ろね。」
「海斗、無免許なんじゃ……。」
「今はそんなこと?」
「関係ない!」
いつも通り三人で笑いあうと、裏口から抜け出した。海斗がバイクに跨り後ろに湊が跨った。サイドカーに乗り込むと海斗はエンジンをかけ発進した。
兄が担当機関に機関の上層部に雇われたハッカーとして潜入したころだった。
「おめでとう。蜘蛛のように入ってきたネズミよ、君の可愛い弟くんたちがそろそろこちらに向かうんじゃないのかい?」
背後から声をかけてきたのは、F.P.A.Iの総責任者で湊の父親の病院にも現れた杉村だった。
「これはこれはお勤めご苦労様です。わざわざ来ていただけるとは、伺う手間が省けました。議題は決まっているわけですし、ゆっくり話しましょうよ。」
「その必要はない。」
杉村の後ろからアンドロイドが現れた。昔の自衛隊やSPに代わり、護衛や攻撃に特化した戦闘型アンドロイドだった。
「またまた、物騒なことがお好きですね。俺の両親もそうやって殺したんでしょう?」
「はて、何のことだ?俺の仕事のおこぼれで飯を食う部下のくせに、調子に乗るからいけないんだよ。お前と同じだ。」
「君たち!止まりなさい!」
警備員の声とガラスが割れる音がして振り返ると、海斗たちがそこにはいた。
「馬鹿兄貴!弟にくらいなんか言えよ!」
海斗はそう言うと、兄の隣ぎりぎりにバイクをつけた。
「面倒なことしてんじゃねえよ。」
そういうと兄は薄型の情報機器を取り出した。まるで、水面をなぞるかのような軽快さで操作すると、戦闘型アンドロイドはくるりと向きを変え杉村や警備員の方に向かった。
「あとは、頼んだよ。お疲れ様です!海斗、サイドに行け。」
海斗がサイドカーに移ると、兄が運転を始めた。
「ここはあれで充分だ。次、行くぞ。」
次に向かったのは、アンドロイドを生産している機関だった。
「これ!あのとき連絡してきた会社……。」
「やっぱりな。言ってなかったけど、俺の両親もここにいたんだよ。」
「え?」
海斗も知らなかったらしい。
「さっきの杉村という男にF.P.A.I制度ができたとき、反発した。そして、さっきみたいに戦闘型アンドロイドで殺された。アンドロイド暴走による職務中の事故として。」
「そんな……。」
悲しみに暮れる暇もなく、製造ラインに辿り着いた。
「待っていたよ。」
声のする方に目をやると、そこにいたのは先ほど戦闘型アンドロイドに襲われていたはずの杉村だった。
「なんで……。」
湊は驚きを隠せなかった。
「あれくらいじゃ大丈夫だったでしょう?」
「両親に似て、お前ら兄弟も友達もイライラするな。」
杉村は、湊たちを舐め回すように睨みつけた。
「お前らは、どうしようもないミスを犯している。そのことに気が付いていないようだな。ここは、何をするところだ?戦闘型アンドロイドの製造ラインだぞ?分かるか?ここがお前らの墓場だ!」
杉村は不気味に笑い始めた。
「何を言っている?ここはお前とアンドロイドの墓場だ。F.P.A.Iなんて、くだらない制度も終わるんだよ。」
兄は冷静に返した。
「馬鹿にすんじゃねえ!クソガキが!」
そう叫ぶと、杉村の後ろには数えきれないほどの戦闘型アンドロイドが並んでいた。絶対絶命の状況だが、湊の心にはなぜか余裕があった。じわじわと戦闘型アンドロイドが湊たちとの距離を詰めてくる。金切り音が響いた瞬間、一気に湊たちをめがけて飛びかかって来た。飛びかかってくるよりも早く、兄がバイクを動かした。構えていなかった湊と隼人は舌を噛みそうになったが、すぐに持ち直した。バイクがアンドロイドの群れを抜けた。ターゲットを見失ったアンドロイドは制御不能に陥り、アンドロイド同士で攻撃し合っていた。そんな光景を横目に兄はバイクを進めていく。少し経って、ターゲットを認識し直したアンドロイドは、湊たちの後を追いかけてきた。
「このまま突っ込むぞ。」
目の前にあったのは製造ラインとフロアを仕切るガラスだった。ガラスを突き破り縦横無尽にバイクを走らせた。
「兄貴、どうすんの。」
「このドブネズミがぁ!」
杉村の声が聞こえる。
「そろそろ、決着をつけるか。」
そう言うと海斗が兄の上着からナイフのようなものを取り出した。
「いくぞ!」
海斗は製造ラインにあった機械の送電線を切った。それがちょうどアンドロイドの潤滑油に接触した。直後に大きな音がして、製造ラインがあったフロアが燃え上がった。三日三晩燃え続け、火が消えた後には何も残っていなかった。丸ごと消滅した。フロア内は焦げたり爆発によって破壊されたりしたものが散乱し、粉々になった何かの欠片はアンドロイドか機械か人間かの区別がつかないほどだった。
*
安否不明となっていた湊・隼人・海斗・海斗の兄・杉村の五名は当時の状況から、脱出は難しいとされ死亡したと断定された。だが、目撃者の中には爆発の瞬間に建物からバイクが飛び出してきたという証言をする人もいた。それは、都市伝説として今もまことしやかに囁かれている。あの爆発後、居合わせたとされる五名の目撃証言はバイクが飛び出したという証言以外に出てきていない。また、F.P.A.I制度は爆発によってアンドロイドの生産ができなくなったことを理由に廃止された。代替案は出ておらず、すべてをアンドロイドに負担させるのは限界があるという意見も出されていることから、疑似家族そのものが否定された。
あの五名の行方は誰にも分からない。知る由もないだろう。科学の最高峰ともされたF.P.A.Iも意味のないものとして、ただの0と1の機械とされた。科学の暴走は何を生み何を消したのか、湊たちには分かっていたのかもしれない。
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