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SS:お礼の方法
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「…………」
「どうした? まだ寝てていいぞ」
大きなあくびをしたリトが、じっと動かない私の頭に手を乗せた。はっと意識が浮かび上がり、布団から視線を上げてリトをぐいぐい押し始める。
「りと、りゅーは、いしょがしいから、ちょっちょ遊んできて!」
早く、と押しても押してもリトはちっとも動かない。
「何が忙しいんだよ……なんだ、俺に出て行けって言いたいのか?」
「そう」
「そう、じゃねえわ! そこは違うって言うとこだ!」
だって、違わない。リトがちょっと邪魔になるから、どこかへ行ってほしい。
「りゅー、ひちょりになりたいから」
「またわけわかんねえことを……。お前置いて行くと怖えんだよ」
「りゅー、お部屋にいる」
「まあ、部屋にいるならいいけどよ……」
リトは渋々といった体で服を着替え、散々部屋を出るなと言い置いて出て行った。
さて、ここからは私の時間だ。
「ばえんたいん……」
そう、今日はバレンタインなのだ。リトはきっと知らないだろうから、別にチョコレートである必要はないだろう。
感謝を伝えるには……さっきAIとして知識を探ってみたのだ。
まずお金がないし、あっても自由に買いに行けないのでプレゼントや外食は無理だ。
いそいそ足からベッドを降りると、リトの日用品かばんを引っ張り出した。
ここには、タオルや石けん、ペンや紙などが入っている。武器が入っているかばんは、どこにあるか分からない。ついでだと付近の棚や引き出しを探してみたけれど、やっぱり見つからない。
「紙と、ぺん……」
気を取り直して、目的のものを探す。手当たり次第に中身を取り出すものの、魔道具かばんなので、外見以上に物が入っていて中々ヒットしない。
「――あった!」
普通のペンと、ついでにリトが以前木剣に絵を描いてくれた時の、色ペンのようなもの。
床に広がった様々なものをざあっとかき分け、床に紙を置くスペースを確保する。
よし、やったことはないけれど、そんなに難しいものではないはずだ。
まず、リトの肌の色……は紙の色と似ているからこれでいいとして、髪は紺がないから黒で……。
床がぼこぼこして、リトの顔もぼこぼこする。
「……」
私は思った。描くのは難しくないけれど、思うように描くのは大変に難しいのではないかと。そうか、だからリトのヒヨコも、いびつな丸だったのだ。
だったら、私のリトだって、きっと大丈夫。
うん、と頷いて描いた紙をベッドの上に避難させ、次は手紙。
字もまず書いたことがないけれど、知っているのだから書ける。こう……線を引いて、ぐるっと――あっ。
中々、文字もまた想定通りにはいかないらしい。かなりキュビズムの影響を受けた、独創的なものが出来上がった。
ただ、リトは、芸術に理解がなさそうだから心配だ。
よし、もうリトは帰ってきてもいい。
すぐに帰って来ると言っていたけれど……。
窓に駆け寄ろうとして、落ちていたタオルを踏んでテーブルを突き飛ばしてしまった。ついでにテーブルが椅子を突き飛ばして、双方ひっくり返った派手な音が響く。
「な、何事――は?! マジで何があった?!」
すぐさま扉が開いて、ちょっと驚いてリトを見上げる。本当にすぐに帰って来るのだな。
愕然と部屋を見渡すリトに駆け寄り、ぐいぐい引っ張ってベッドに座らせると、私はベッドによじ登ってリトをぎゅっとした。
半ば無意識にリトが私を抱え上げようとするので、その腕をぺちっと叩いて払いのける。
「抱っこない! りゅーは、抱ちちめてるの!」
「……? 何だって?」
「抱ちちめてる! はぎゅ!」
こう! と体で示すべくぎゅうっと抱きしめると、ようやく私がしていることに合点がいったらしい。
「あー、うん。そうか……まあ、ありがとな? なんで急に?」
「ばえんたいんは、かんちゃをちゅたえる日だから! りとに、あいやとう!」
「ああ、お前の国の話な。そうか、そういう日なのか、だったら俺も――」
リトが、大きな体でがぶっと包み込むように私を抱きしめた。
「……ありがとよ」
リトは、私に世話になってないと思うけれど。
だけど、これはほくほくと心地よい気分になるから、言わないでおく。
「……で、なんでほんのちょっと部屋を出た隙に、こんなことになってんだ? 物がスタンピート起こしたみたいになってんだが」
スタンピートはたくさんの魔物の群れが暴れまわることらしい。確かに、机と椅子は暴れていた。
「りゅー、お絵描きした。おてがみも」
「ああ、そういうこと……いや分かんねえよ?!」
混乱するリトに構わず、リトの似顔絵と手紙を渡した。
「えーと? これは……ええと、絵なんだよな? 黒いギザギザ……グラウンドスパイダー……??」
何やら額に手を当て一生懸命考えているけれど、そもそも絵を逆さまに持っている。
正位置に戻してから、さらに首を捻るリトに胸を張って見せる。
「りゅー、りと描いた!」
「どこに……ってこれか?! これ、俺?!」
こくり、と頷いて手紙もどうぞと差し出すと、リトはだらだらと汗を垂らしつつ受け取った。
「ありがとな。よく……よく描けてんな。手紙も嬉しいぜ」
「おへんじは?」
「へ、返事って何の?」
「これ」
手紙の一文を指さすと、ますます汗が流れていく。
それからリトが手紙を解読できたのは、1時間も経ってからのこと。
やはり、リトには芸術は無理だったな、と私は反省したのだった。
「どうした? まだ寝てていいぞ」
大きなあくびをしたリトが、じっと動かない私の頭に手を乗せた。はっと意識が浮かび上がり、布団から視線を上げてリトをぐいぐい押し始める。
「りと、りゅーは、いしょがしいから、ちょっちょ遊んできて!」
早く、と押しても押してもリトはちっとも動かない。
「何が忙しいんだよ……なんだ、俺に出て行けって言いたいのか?」
「そう」
「そう、じゃねえわ! そこは違うって言うとこだ!」
だって、違わない。リトがちょっと邪魔になるから、どこかへ行ってほしい。
「りゅー、ひちょりになりたいから」
「またわけわかんねえことを……。お前置いて行くと怖えんだよ」
「りゅー、お部屋にいる」
「まあ、部屋にいるならいいけどよ……」
リトは渋々といった体で服を着替え、散々部屋を出るなと言い置いて出て行った。
さて、ここからは私の時間だ。
「ばえんたいん……」
そう、今日はバレンタインなのだ。リトはきっと知らないだろうから、別にチョコレートである必要はないだろう。
感謝を伝えるには……さっきAIとして知識を探ってみたのだ。
まずお金がないし、あっても自由に買いに行けないのでプレゼントや外食は無理だ。
いそいそ足からベッドを降りると、リトの日用品かばんを引っ張り出した。
ここには、タオルや石けん、ペンや紙などが入っている。武器が入っているかばんは、どこにあるか分からない。ついでだと付近の棚や引き出しを探してみたけれど、やっぱり見つからない。
「紙と、ぺん……」
気を取り直して、目的のものを探す。手当たり次第に中身を取り出すものの、魔道具かばんなので、外見以上に物が入っていて中々ヒットしない。
「――あった!」
普通のペンと、ついでにリトが以前木剣に絵を描いてくれた時の、色ペンのようなもの。
床に広がった様々なものをざあっとかき分け、床に紙を置くスペースを確保する。
よし、やったことはないけれど、そんなに難しいものではないはずだ。
まず、リトの肌の色……は紙の色と似ているからこれでいいとして、髪は紺がないから黒で……。
床がぼこぼこして、リトの顔もぼこぼこする。
「……」
私は思った。描くのは難しくないけれど、思うように描くのは大変に難しいのではないかと。そうか、だからリトのヒヨコも、いびつな丸だったのだ。
だったら、私のリトだって、きっと大丈夫。
うん、と頷いて描いた紙をベッドの上に避難させ、次は手紙。
字もまず書いたことがないけれど、知っているのだから書ける。こう……線を引いて、ぐるっと――あっ。
中々、文字もまた想定通りにはいかないらしい。かなりキュビズムの影響を受けた、独創的なものが出来上がった。
ただ、リトは、芸術に理解がなさそうだから心配だ。
よし、もうリトは帰ってきてもいい。
すぐに帰って来ると言っていたけれど……。
窓に駆け寄ろうとして、落ちていたタオルを踏んでテーブルを突き飛ばしてしまった。ついでにテーブルが椅子を突き飛ばして、双方ひっくり返った派手な音が響く。
「な、何事――は?! マジで何があった?!」
すぐさま扉が開いて、ちょっと驚いてリトを見上げる。本当にすぐに帰って来るのだな。
愕然と部屋を見渡すリトに駆け寄り、ぐいぐい引っ張ってベッドに座らせると、私はベッドによじ登ってリトをぎゅっとした。
半ば無意識にリトが私を抱え上げようとするので、その腕をぺちっと叩いて払いのける。
「抱っこない! りゅーは、抱ちちめてるの!」
「……? 何だって?」
「抱ちちめてる! はぎゅ!」
こう! と体で示すべくぎゅうっと抱きしめると、ようやく私がしていることに合点がいったらしい。
「あー、うん。そうか……まあ、ありがとな? なんで急に?」
「ばえんたいんは、かんちゃをちゅたえる日だから! りとに、あいやとう!」
「ああ、お前の国の話な。そうか、そういう日なのか、だったら俺も――」
リトが、大きな体でがぶっと包み込むように私を抱きしめた。
「……ありがとよ」
リトは、私に世話になってないと思うけれど。
だけど、これはほくほくと心地よい気分になるから、言わないでおく。
「……で、なんでほんのちょっと部屋を出た隙に、こんなことになってんだ? 物がスタンピート起こしたみたいになってんだが」
スタンピートはたくさんの魔物の群れが暴れまわることらしい。確かに、机と椅子は暴れていた。
「りゅー、お絵描きした。おてがみも」
「ああ、そういうこと……いや分かんねえよ?!」
混乱するリトに構わず、リトの似顔絵と手紙を渡した。
「えーと? これは……ええと、絵なんだよな? 黒いギザギザ……グラウンドスパイダー……??」
何やら額に手を当て一生懸命考えているけれど、そもそも絵を逆さまに持っている。
正位置に戻してから、さらに首を捻るリトに胸を張って見せる。
「りゅー、りと描いた!」
「どこに……ってこれか?! これ、俺?!」
こくり、と頷いて手紙もどうぞと差し出すと、リトはだらだらと汗を垂らしつつ受け取った。
「ありがとな。よく……よく描けてんな。手紙も嬉しいぜ」
「おへんじは?」
「へ、返事って何の?」
「これ」
手紙の一文を指さすと、ますます汗が流れていく。
それからリトが手紙を解読できたのは、1時間も経ってからのこと。
やはり、リトには芸術は無理だったな、と私は反省したのだった。
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