幻獣店

ひつじのはね

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1章 幻獣店のふたり

リーヤの霹靂

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「リーヤ、今月の懐事情はどうなんだい?ほれ、固いけど煮込めば食えるぞ!」
「おっちゃん……ありがと!今月も厳しいよ!」
じっくりと買うべき物を選別していたリーヤは、差し出された特売のすじ肉をじっと睨んだ。安い……確かに安いけど、しかしこれを買うと残りのやりくりがはたして……。
「お、おいおい、これ買うのも悩むのかい!仕方ねえなぁ……ほら、サービスしてやるから、そん変わり俺の分も作ってくれよ」
さらにドン、と盛られた肉に、リーヤの目が輝いた。露店での買い物はこれがあるから最高だ。
「えっ?!マジで!やったーおっちゃん大好き!作る作る!俺特性のスペシャルウマウマ煮込み作ってくるぜ!」
そのネーミングが不安なんだよなあ、とおっちゃんは苦笑して手を振った。リーヤは普段から作っているだけあって、料理の腕前はごく一般的なおばちゃん程度だ。シェフのようにはいかないけれど、普通に美味い。

苦労性のリーヤ少年と美青年の組み合わせは、町でもそこそこ有名だ……特にリーヤが来てからは。
「リーヤちゃんがいないとあの人が生きてるんだかどうなんだかも分かんないものねぇ」
野菜を売るおばちゃんが、やれやれと頬に手を当てた。
「そんなに?!でも師匠だって買い物に来てたはず……」
「それがほとんど見てないのよ。あのお店、幻獣がいるんでしょ?その分を買いに来るぐらいでさ。あんな場所でしょ?だから自給自足してるんだって思ってたのよ」
確かに幻獣店があるのは町外れの……と言うべきか町の外と言うべきか、森の中にある。畑もあるけれど、さすがに人二人分をまかなうほどの収穫は望めなくて……そこまで考えて、リーヤはハッと気がついた。

「もしかして……俺がいるから食費足りてない……?」

愕然とした。俺は役に立っているつもりだった。でも、師匠は放っておけば食事を忘れるほどに小食だ。森の恵みと自家栽培だけで事足りていたのかもしれない。
(俺……俺、もしかして厄介者?)
おばちゃんは何か話し続けているけど、もうリーヤの耳には入ってこなかった。


ギィ……
微かな音に、今日は随分静かに帰ってきたなとレリィスは振り返った。
「おかえ……り?」
「……」
いつも眩しいほどに明るいリーヤが、ひとまわり小さくなったように見えた。
「り、リーヤ?どうしたの……?」
「なんでもねーっす。俺ちょっと食欲ないんで、今日は師匠自分で作って食ってほしいっす」
触れようとした手を避けるように、リーヤは奥の部屋へ引っ込んでしまった。

「……ど、どうしたんだろう?具合悪い……ようには思わなかったんだけどな」
レリィスは、パタパタと空中を漂うスピーと顔を見合わせた。このぽんやりドラゴンブリーダーは、体調の変化に「だけ」は非常に敏感だ。物言わぬ……者が多い幻獣たちの相手は、そのくらいできないと勤まらない。
「……もしかして、これが反抗期ってやつかな?」
「きゅう?」
スピーはサッとおやつの木の実を取り出した。

「うん?おなかが空いてるんだろうって?あーうん……さすがにそんなことは……」
苦笑して首を振ろうとしたレリィスは、はたと動きを止めた。そういえば、金がなくて肉が買えないとぼやいていたような……。金がないのはいつものことだと思っていたけど、それってまずいことなのでは。
「どうしよう……お腹が空きすぎて怒ってるのかもしれない。僕が、お金を稼がないせい……?!」
レリィスはヨロリとよろめいてソファーへ座り込んだ。
「……リーヤに愛想つかされちゃったらどうしよう」
それが嫌なら稼ぎに行けば?そんなスピーの呆れた視線が突き刺さる。
「……分かったよ、ちょっとだけね」
「きゃうっ!」
はあ、とため息と共に漏れた言葉に、スピーは嬉しそうにくるくると回った。


「幻獣店では稼げないし、今すぐお金を入手するなら、やっぱり狩りになるよね。あ、ヒスイ、ここでいいよ」
レリィスは草原の上空でため息をついた。彼を乗せて静かに羽ばたくのは、ヒスイと呼ばれたいつもの小型ドラゴン。
上空の風が、長めに下ろした前髪をあおってレリィスの額を晒した。おっとりとした琥珀の瞳が、今ばかりは少し鋭さを持って眼下を見下ろしている。
「スピー、あそこ。あれを獲ってきてくれるかな」
「きゅいっ!」
張り切ったスピーはレリィスの肩から飛び立ち、一直線に獲物に向かった。



「……ですからぁ!もう少し!丁寧に……!!せっかくの双角が……ぐすっ……」
結構細切れになっちゃったもんなあ、とレリィスは頭をかいた。ギルドの買い取りカウンター担当職員は、半泣きだ。貴重な素材をもった獲物を狩ってきてくれるのは大いに助かる。助かるのだけれど……その大切な素材が最低の状態で持ち込まれるのはあまりに切ない。それも、苦戦してのことではないと知っているだけに。

提示された金額にお礼を言って受け取ろうとすると、その手首をぐっと掴まれた。
「双角が輪切りになっていなければこの10倍になります……」
地を這うような職員の声に、ひゃっと肩をすくめる。
「あ、はは!す、すごいねー10倍かあ!今度はもうちょっと気をつけてみるよ」
レリィスはそうっと手を引っこ抜いて、そそくさとギルドを後にした。

「ほら、スピーまた怒られちゃったじゃないか。一撃で倒してほしいけど、そこまで輪切りにする必要はないんだよ……」
スピーは、レリィスの耳後ろからひょこりと顔を出した。
「きゅぴぃ!」
「魔力が余ってたから、じゃないの。大切な命をいただくんだよ?できればいい状態でいただこうね」
長い指が、たしなめるようにスピーの鼻面をつついた。
小さな図体で大きな魔力を持った、貴重なドラゴン。すでに風貌は成体のものだけれど、まだまだ心の成長は赤ちゃんのままだ。
この時期の強力なドラゴンが人里近くにいれば、大災害になる。特に、スピーのように見た目で強力な個体と判別できない場合はリスクが高い。馬鹿な連中がちょっかいを出せば、町ひとつではすまない事態になるだろう。

「独り立ちできるまでは、まだまだかかりそうだね」
レリィスはくすっと笑って歩き出した。
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