幻獣店

ひつじのはね

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1章 幻獣店のふたり

出会い 後

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「あれは酷かったねえ……今まで拾ったどの幻獣より汚れていたよ」

窓を叩く雨に、レリィスは目を細めて笑った。
膝に抱えた白いドラゴンのヒナは、相も変わらず弱々しいが、食いつきと肉付きだけは良くなったようだ。さじを差し出せば、まだ碌に見えない目を見開いて食らい付いている。以前は液状だったエサは、柔らかな固形物に変わっていた。
そろそろ自分で食べられそうかな、と器を差し出せば、勢いよく顔を突っ込んだ。

「……ブシッ!ハブシッ!」
「わっ……あーあ」
鼻からも吸い込んだのであろう連発するくしゃみで、周囲にたっぷりとエサが飛び散り、ぶるる、と振られた顔で、さらに追い打ちがかけられる。
苦笑して顔を拭ってやれば、ドラゴンはぺろりと口の周りをなめ回してレリィスを見上げた。

「おしまい、もうないよ」
ひらひらと振られた両手に、幾分ガッカリした声で鳴くと、もそもそと体勢を整え、ことんと膝に顎を乗せた。ほどなくして丸いお腹が上下し出す。

「リーヤに見つからないうちに……スピー、来て」
膝で眠る子を起こさないようそっと声をかけると、戸棚の方からごく小さなものが飛んで来た。
ぱたぱたと眼前に浮かぶのは、ドラゴンだろうか。ただし、大人の中指ほどの大きさだ。

「スピー、この辺りきれいにしてほしいんだ」
スピーと呼ばれた小さなドラゴンは、またかと言わんばかりに目を細めた。
「きゅっ」
やれやれと言いたげに向き直ると、ひと鳴きで水のかたまりが出現させる。無重力のようにふよふよと漂う水は、スピーの意思に沿って棚や床を移動した。それはまるでスライムで拭き掃除をしているようだ。
「スピーはお掃除が上手だよねえ」
誰のせいだと言いたげな視線をものともせず、レリィスはいたって真面目に感心していた。

室内の掃除をすませると、スピーはお駄賃の木の実をひとつもらって、嬉しげに棚に戻った。室内にはカリカリと木の実を囓る音と、雨音だけが響いていた。


「あー寒っ!師匠、寒いっす!」
その時、バタン!と音をたててドアが開閉すると、ずぶ濡れの少年が入って来た。麻袋を放り投げると、ひょいとタオルを取ってオレンジの短髪をがしがしと拭いている。
「おかえりー、お疲れ様。スピー、お願い」
ごめんね、と手を合わせたレリィスに、仕方ないなと再びスピーが飛び出し、ぼたぼたと水の滴るリーヤの衣服から水分を飛ばした。

「さんきゅー、スピー!」
どういたしましてと小さな手を振って、スピーは木の実囓りを再開する。
「うーっまだ寒い!師匠、それ貸して」
言うなり羽織っていた毛布をがばりと引っぺがされて、レリィスが不服そうに頬を膨らませた。
「ぼくだって寒いんだけど……」
大丈夫大丈夫、なんて適当な返事をして、リーヤは室内のランプをつけた。パッと明るくなった室内に、随分と暗かったんだなと初めてレリィスは気がついた。

「師匠、こんな暗くてじめじめした所でじっと座ってたらカビ生えるっすよ!ちょっとは動いて働かないと」
「働いたよ、ほら、今日のごはんは終了。そろそろ自分で食べられそうだから、これからは楽になるね」
にっこりと示された膝の上に、リーヤは呆れた顔をする。
「師匠、そいつ全然大きくなってねえ気がするんすけど」
「なってるよ?ほら、リーヤが来た頃はもうひとまわり小さかったでしょう?目も開いてなかったし」
「俺が来たの何年前だと思ってんすか!」

そんなに何年も前だったかな、とレリィスは首を傾げる。
ドラゴンは高位になるほど成長が遅いから、最高位の子だとこのくらいは普通だろう。それに比べると人間の子はなんて成長が早いんだろうと、レリィスはしみじみとリーヤを眺めた。

「……何すか」
毛布を引っ掛けながら鍋に湯を沸かしはじめたリーヤは、じっと見つめる視線に胡乱げな瞳を返した。

「リーヤは大きくなったねぇ。あんなに痩せっぽっちで小さかったのに。ほら、リーヤもお膝においで」
何の邪気もなくにっこりと微笑んで手を広げたレリィスに、リーヤはグレーのきつい目をさらにつり上げて顔を赤くした。
「っ師匠っ!!俺はもうガキじゃねぇー!そういうこと言うなって言ってんじゃん!!」
「ええ……そう?だって見てごらんよ、この子はまだこんなに赤ちゃんだよ」
「ドラゴンと比べるなっつーの!!」

つかつかとやってきたリーヤに頬を引っ張られ、確かにもう膝には乗れないかも知れないと思い直す。腰にも届かないくらいであった背丈は、ぐんぐんと伸びて、もう座ったレリィスよりも背が高い。
「本当だ、大きくなったね」
懲りずに笑って頭を撫でたレリィスに、リーヤはじわっとむくれてそっぽを向いた。

「……言ってろ。そのうち、俺の方が大きくなるっす」
フン、ときびすを返すと、がさごそと麻袋の中をあさって乾燥肉と野菜を取り出した。
「師匠はもう大きくならなくていいんで野菜担当、俺は肉!」
びし!とレリィスに包丁を向けて、リーヤは高らかに宣言した。

「別にぼくは野菜で構わないけど……リーヤもちゃんと野菜を食べるんだよ?」
レリィスはやれやれと、野菜を刻むリーヤの背中を眺める。しっかりと肉のついてきた背中に、割と広い肩。確かにこれは大きくなりそうな個体だと評価して頷いた。もう少し骨と筋肉の成長に良いものを与えなくては。

―死んでいい―
あの時、口にした言葉とは裏腹に、強い光を帯びた瞳は、泥の中からレリィスを貫いた。

君が生きていて良かったよ。
少なくとも、ぼくはそう思う。
レリィスはゆったりと笑ってソファーに背をもたせかけた。

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