幻獣店

ひつじのはね

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1章 幻獣店のふたり

出会い 前

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レリィスは、窮屈そうに小さなソファに腰掛けると、ふうふうとカップのお湯を冷ました。長い足を持て余しげに組むと、両手で温かいカップを包み込む。

昼だというのに薄暗い外は、どうどうと音をたてて雨が降っていた。勿体ないと思いつつ、ランプをひとつ灯した室内は、随分と狭く寒々しい。
レリィスは眉を下げると、羽織った毛布をきゅっと寄せ、温めた手で膝の上のぬくもりを撫でた。

「大丈夫かい?さすがにこの程度の寒さは平気だと思うけど……」

毛布のかたまりから顔を出したのは、なんとも言えない生き物だった。白く貧弱な図体は鳥の雛を巨大化したようで、グロテスクで弱々しく、ずんぐりと大きな頭には小さなツノ、四つ足で這いつくばった背中には大きな翼がある。
小さく鳴いたそれは、何かを探すように重たげに頭を持ち上げ、左右にさまよわせた。ぴたりと閉じられた瞳は、まだ開く気配もない。

「ごはんだよ、しっかり食べて立派なドラゴンになろうね」

簡素なテーブルに置かれた木のボウルには、どろりとした液状ものが、ほのかに湯気をあげていた。ひとさじすくってはそのドラゴンらしき生き物の喉奥へ流し込むと、不器用なしぐさで必死に飲み込もうとする。白い肌が徐々に紅潮するのを見て、レリィスは手を止めそっと翼を撫でた。

「ゆっくり食べるといいよ。時間はたっぷりあるんだから」

気長なレリィスは、ひとさじ与えてはひと撫で、もうひとさじ与えてカップの白湯を飲み、相当な時間をかけてボウルのエサを完食させた。満足げにうずくまったドラゴンの腹は、まるまると膨らんではちきれそうだ。
柔らかく微笑んで巣箱に戻したレリィスは、ぐっと伸びをして窓の外へ目をやった。

「行きたくないけど、せっかくのお得意様だもんねえ」

独りごちてため息をつくと、雨除けフードを羽織ってドアを開けた。



「雨の中悪いね!いつも助かるよ」
「どういたしまして、こちらこそ助かってますよ」

荷車用の大型トカゲには、しっかりと体力がつくよう配合した飼料を。レリィスの配合した飼料は、トカゲの体格が良くなり移動距離が伸びたと反応は上々だ。
彼は、まあ客の来ないレリィスの幻獣店で定期購入してくれる、大変貴重なお客様だ。雨だからといって配達をサボるわけにはいかない。

「あんた、もうちょっと商売っ気出して頑張っちゃどうだい。あんな町外れに引っ込んで……そんなんじゃ嫁さんも来ちゃくれねえよ?ドラゴン乗りなんだ、冒険者でも稼げるんだろう?優男は人気あるだろうに」
「はは、冒険者をするほど店を空けられないからねえ。それでも、たまに討伐して持っていきますよ」
優男、にちょっぴり傷つきながら、レリィスは笑って誤魔化した。
「でもお前さん、本当に討伐するだけだって受付のリヤちゃんが嘆いてたぜ。ちゃんと討伐部位や金になる部位を見分けにゃあ……」
「うーん、戦闘するのはドラゴンですから……そんな細かな所まで分からないんじゃないですかねぇ」
さらりとうそぶいて、そそくさとその場を後にする。

「だってねぇ、まだ餌付けが必要な子もいるし……攫われたりしたらと思うと、店を留守にするのは心配だよ」
ばさり、ばさりと力強く雨を切り裂いて飛ぶのは、もっぱらレリィスの足として活躍する小型のドラゴン。小さな前足は、ワイバーンではない証拠だ。
きちんと人語を解する彼は、ちらりと背中の主人を見やった。何頭ものドラゴンがいるレリィスの店は、言うなれば町で一番安全な場所だと思うけれど。しかし、賢明な彼はただ黙って前を向いた。

濡れたついでに、ドラゴンたちのおやつでもと門前広場へ赴いた時、レリィスの視界を何かが掠めた。

「おや、これは……もしかして、ぼくとの繋がりかな?」

スッと細めた琥珀色の瞳は、何もない空間を辿るように視線を滑らせた。

「参ったね、これは……随分と太い繋がりだ。無視するってわけにはいかない、かな?」

ぴしゃり、ぴしゃり、濡れた石畳を歩き続けると、表通りを外れ次第に路地裏の方へと迷い込んでいく。
雨の中人影は見当たらず、いつの間にかむき出しの土となった路上に、ブーツは泥まみれとなっていた。

「裏門のあたり、かな」

レリィスは繋がりを辿って人気の無い道を進み、廃墟が並ぶ寂れた一画に辿り着いた。この雨の中出てくることはないだろうが、お世辞にも上品な人間がいる場所ではない。長居は無用な場所だ。
周囲に人影は見当たらず、小首を傾げたところで、ハッとして駆けだした。ビシャビシャと跳ねた泥が全身を汚し、端正な顔に斑点を作る。

「大丈夫かい?!どうしたの?」

うち捨てられた木箱と木箱の間に隠れるようにうずくまっていた小さな影は、揺すられて微かに瞳を開けた。ボロにくるまって倒れ込んでいたのは、まだ年端もいかない少年のようだ。

「おいで、そんな所にいると死んじゃうよ」

差しのばした手に、のろのろと動いた視線が絡む。泥にまみれた中で、その瞳だけが鋭くレリィスを捉えた。
「――」
少年は、小さく何事か呟いて再び目を閉じた。
揺すった手には随分と冷えた温度が伝わり、慌てたレリィスは泥の塊と化したボロごと少年を抱き上げた。



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