愛に一番近い感情

小波ほたる

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5幕:愛に一番近い感情

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 何か壮絶な記憶に聞こえるし、何でもないエピソードのようにも聞こえる。
「自分の家のためだけに人ひとりの人生を勝手に変えるのを当たり前と思う、そんな価値観、ですよ。本当にそうですね。結婚というのは人生を変える。想像できるよりも、遥かに大きく」
 おじさまは疲れたように、ほとんど空になったコーヒーカップをテーブルに置いた。
「思えば妻も、勝手に人生を変えられた一人なんですね。子どもも馬鹿ではない。母のことをずっと見続けて、そのつらさに少なからず感づいていたのでしょう」
 何と言うべきかわからない。
「なのに、私はそれを和らげることがおそらくできていません。自分の力不足が憎い……」
「そんな……きっと支えていられてると思います」
 力ない笑みがこっちを向く。
「ありがとうございます。ですが、今思えば私が選ばれたのは安定さや将来性などを義理の父に見込まれて期待されたのが理由の大半です。期待通りの家への貢献はできていると思いますが……妻本人が望むものを果たして与えられているか考えると、自信が持てません。思い返してみると、疲弊します」
 少し考えて、尋ねた。
 ありきたりだけど、きっと不変だと思う望みを。
「……奥様のこと、今でも愛していますか?」
 不意を突かれたような表情。でも、次の瞬間の一言。
「ええ、もちろん」
 照れるわけでもなく凛とした姿勢で当然のことのように言う、その様が美しい。
 この人こそ、若い頃は奥様と同じくらい憧れられる存在だったんじゃないだろうか。
「……でしたらそれで――」
「ですが、同じ気持ちがお互いに存在しているかと聞いたら、それはたぶん違います」
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