愛に一番近い感情

小波ほたる

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3幕:優しさを求める共鳴

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「いや。三十五年、と言うべきか……」
 なのに、この人はそれをまだ短いと感じている。
「これだけの時間がたっても、まだ大事なことを知れていないままなのですから」
「お二人の仲が悪いわけでは……」
「いえ、決して。むしろ仲の良いほうだと思います。私は一番の敬意を持って妻と向き合っていますし、彼女も誠実に接してくれているのがわかります。ただ、いまだお互いの間に何かが欠けているような気がするんですね」
 何かを思い返すように、視線が斜め上を向いた。
「あの女の子は強い。一番になれずともただ覚えていてもらえるなら勝ちとは。私はとてもそうは割り切れない。男女間の違いしょうか?」
 急に舞台の話に戻って、ついていくのに一瞬遅れた。
「……彼女だって、始めは彼の一番になろうと必死になってたじゃありませんか」
 答えが出せず、なんとなくただ反論するようなことを返す。
「最終的に諦められる力があるだけで強いと思います。いや、諦めではなくけじめ、と言ったほうが適切でしょうか? どちらにしても、私はどうもそれができないでいます」
 言い出しにくいように、抽象的な言葉が続く。そっと、質問を差し出してみる。
「今、似たような状況に置かれているんですか?」
「そうですね……妻ではなく私が、ですが」
 最後の部分が少し強調されたように聞こえたのは気のせいだろうか。
「良い夫婦仲で家庭もとりあえずは平和なのですが、それでも私はずっと何か違和感を拭えないままでいます。本当にこれで良いのだろうか、という」
「何か、不満に思うことが?」
「『不満』と言うと強い言い方ですが……もうすぐ三十五年にもなって、それでもまだ彼女は私のことを見てくれている気がしないんですね。昔を懐かしむ言葉がいつまでたっても出てきたり、私と他の誰かを脳内で比べてるように思える、冷めた目線を向けられたり……見ていると、悔しいような、怒りたい、でも怒れないような気になります」
 話してほしいと尋ねたことはないですか?
 そう聞こうとしたけど、やめた。きっと劇中の彼女と同じく、歩み寄ろうとしてもはねのけられてばかりいたのだろう。
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