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2月26日(第十四話)
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2月26日
クリスマスイブから、翠さんとは連絡をとっていなかった。
連絡はしたが、返事は返ってこなかった。カフェに出向くも、不在の日々だ。
今まで通りの生活に戻っただけと思っていたが、僕が感じる以上に元の生活はしんどさがあった。
学校にいては窓の外を眺める時間、家では何もやる気が起こらず、ぼうとしていると勝手に時間が過ぎていった。
机の上に残されたスマホは、たまに開くと充電が切れていることが多くなった。
最初から何も期待なんてするものじゃない。
僕はまたつまらない人間だと自分を責め立てていた。
「元気出せよ、ほら水だってうめぇぞ」
僕の背中に手の伸ばし、ウィンが励ましてくれる。しかし僕は一口も水を飲む気にはなれなかった。
「珍しくみんな揃ってんだからよ、まあアイツはいないかもしれないけど……」
「……今日はもう帰るよ」
僕は重い足取りで家へと戻ることとした。帰り道、僕の視野にはアスファルトと汚れた自分の靴しか入らなかった。
帰宅することもなくまた抜け殻のようにベッドの上に横たわる。
充電コードにスマホを挿したはいいものの、開く気にならなかった。
ドアがノックされる音が部屋に響く。
「お兄ちゃん、このマフラーもう使わないならどこかしまっちゃいなよ」
愛花が部屋に入り、机の上にマフラーを乗せた。
「てか、このマフラー誰のなの? タグのところに苗字だけは書いてあったけど」
愛花の言葉に思わず目を向けた。
「牛嶋さんて誰?」
「……誰でもいいだろ」
「あのさぁ、名前が書いてあるマフラーを突然貰ってきたら誰だって察するよ?」
腕を組んで怒り気味な愛花に僕は背を向けた。
「まあいいんだけどさ、なんでも」
再びドアが開かれたと思うと、今度は美月が部屋に入り込む。
「愛花―、アルバムあったよー」
「ありがとう!」
なぜか僕の部屋でアルバムを漁る姉妹を僕は無視し続けた。
「あ、これ、颯の唯一の青春だ」
「え? 誰この子」
美月が何かを見つけたようだった。僕は背けていた体をアルバムに向けた。
「幼稚園時代の颯だよ。あの頃は可愛かったなぁ~、近所の子がいなくなったって大泣きでー……」
アルバムから目を逸らすと、机の上にある雪だるまの置物と目が合った。
“思い出は引き出しのようなもの”と以前のマスターの言葉の意味がわかったような感覚で、僕の頭の中で何かが電光石火のように駆け抜けた。
そうだ、僕は確かあの幼稚園で……。
あの頃の僕は……
頭の中で次々とスライドショーのように背景が映し出された。
僕はまだ5歳か6歳の頃に……
僕は勢いよくスマホをコードから引き抜いた。
ベッドから起き上がった勢いで転びそうになる。
「ちょっとどこ行くの!」
部屋の中から愛花の声が聞こえる。
僕は落ちるように階段を駆け下り、靴もちゃんと履ききれてない中家を飛び出す。
「そうだ、僕はあの日……」
片手に持つスマホで走りながらメッセージアプリを開く。
交差点から飛び出す自転車がキィー、と音を鳴らして僕にぶつかりかける。
転びそうな体を起こして、すみませんと流れるように謝り、体制を立て直す。
「あの春の日だ……」
アプリを開き、スクロールせずとも残っているトーク履歴を開く。
電話マークを押し、呼び鈴の音がスマホから鳴り始める。
「どうして忘れていたんだ、どうしてそこだけ記憶から飛んでいたんだ……」
呼び鈴が鳴り止まない。
僕は走りながらスマホをチラチラと見ながらメッセージを送る。
息が切れ始める。
こんなに走ったのはいつぶりなのだろうか。
思い出がライブラリのように頭の中に浮き出る。
「こんなに鮮明に思い出せるのも、偶然じゃない……」
神社の階段を一段飛ばしで駆け上がる。
最上段を駆け上がりきり、鳥居をの下を走り抜けた。
本殿の後ろへ回ると、湿った土が僕の足を滑らせる。
手をついて転びそうになるのを防いで、僕はカフェの場所へと入り込む。
「あの花も、場所も、季節も……」
テラスに座るみんなが僕に気づいて振り向く。
「どうした? やっぱり腹減ったのか?」
ウィンの言葉に返事をするほど余裕がない。
僕は鉢の置かれている棚へ走り、自分の鉢を見つける。
鉢に咲いた花を一掴みでむしり取り、カフェの反対側へ再び走り出す。
ガシャンと大きな音が耳に入り、振り返ると月の鉢が棚から落ち、バラバラに割れてしまっている。
「ごめんマスター! 後で片付ける!」
整わぬ呼吸で精一杯に声を張る。
暗闇へと突き進むが、足がもたつく。
階段を駆け上がった代償が来た。
ペースが落ちる。
「あの笑顔も、悲しんでいた気持ちも、一人で住む理由も……」
掴んだ花とスマホを持ち変える。
鷲掴みの茎から飛び出す棘が手のひらを突き刺す。
光が見え始め、池のある橋の下へ飛び出す。
スマホで再び電話をかける。
「カフェで悩んでいた理由も……」
呼び出しに応じないスマホに指先を走らせ、メッセージを送る。
橋横の階段を駆け上がるも、足が上がらず段差に引っかかる。
肺が苦しい。腹部が痛む。
花びらが零れぬように、手を大きく動かさずに走り続ける。
鼻の奥がツンとして痛い。
「全部、僕の為だったんだ……!」
住宅街に入ると、小さな子どもたちの燥ぐ声が建物の隙間に響く。
僕の耳には自分の呼吸音の方が大きく聞こえる。
スマホが震え、画面が光る。
折り返しの電話が来ている。
反射的に応答ボタンを押下する。
耳に画面を付けると、声が聞こえる。
「どうしたの……? あ、ごめんね連絡してなくて、実は……」
「今家!?」
「え? うん、そうだけど……どうしたの息切らして?」
「出てきて欲しいんだ! 一瞬でいいから!」
翠さんは戸惑いを隠せていないようだ。
「……わかった。今どこ?」
「橋の近くの住宅街!」
「え!? ……わかった、すぐ着替える」
電話を切り、ポケットにスマホを突っ込んで落ちたペースを上げる。
もう足が攣りそうだ。
自分でも限界を超えているのがわかる。
アパート沿いの道路が見えてきた。
広い道路へ飛び出すと、歩道に沿って梅の木が花を開花させ、風に運ばれ僕を通り過ぎる。
信号へ向かおうとすると、翠さんがアパートから出てくるのが見える。
信号が点滅し始める交差点を駆け抜けると、翠さんも僕に気づき、こちらへ走ってきてくれる。
僕らは白い花を咲かす梅の木の下で再び会うことができた。
「どうしたの!? そんな急いで……」
ようやく止まる両足は、膝から崩れ落ちる。
「そっちこそ……急に連絡……途絶えて……」
呼吸が荒く、うまく話せない。
膝を地面についてできるだけ息を整える。
ごめんね、と一言だけ放つ翠さんに、僕はまた口を開く。
「やっと、やっと思い出したんだ……今まで……気づかなくてごめん……翠ちゃん!」
顔を上げると、大きく目を開いた翠ちゃんが呆然と佇んでいる。
「あの卒園式の日から、また会おうって約束してたのに、忘れててごめん!」
高直して佇んでいる。驚くのも無理はない。
「絶対また遊ぼうって約束したのに、ごめん!」
僕が見つめる目は、どんどんと潤み始めている。
「ずっと待っててくれてありがとう。あの時言えなかったけど、これが僕の気持ちだ」
僕は、片膝を立てて握りしめていた花束を前に差し出した。
僕の手には、カランコエ、ペラルゴニューム、クロッカス、白い花、そしてそれらに囲まれるように繊細な赤色をした薔薇が中央に美麗に咲き誇る。
そよ風が長い髪を揺らし梅の花びらを吹き上げる。
春の匂いが鼻をくすぐる。
唖然としたままどんどん目が潤んでいくのがわかる。
彼女は溢れかえりそうな涙を拭い、僕にこれまでに見たこともないくらいの笑顔でようやく口を開いた。
「待ちくたびれたよ」
クリスマスイブから、翠さんとは連絡をとっていなかった。
連絡はしたが、返事は返ってこなかった。カフェに出向くも、不在の日々だ。
今まで通りの生活に戻っただけと思っていたが、僕が感じる以上に元の生活はしんどさがあった。
学校にいては窓の外を眺める時間、家では何もやる気が起こらず、ぼうとしていると勝手に時間が過ぎていった。
机の上に残されたスマホは、たまに開くと充電が切れていることが多くなった。
最初から何も期待なんてするものじゃない。
僕はまたつまらない人間だと自分を責め立てていた。
「元気出せよ、ほら水だってうめぇぞ」
僕の背中に手の伸ばし、ウィンが励ましてくれる。しかし僕は一口も水を飲む気にはなれなかった。
「珍しくみんな揃ってんだからよ、まあアイツはいないかもしれないけど……」
「……今日はもう帰るよ」
僕は重い足取りで家へと戻ることとした。帰り道、僕の視野にはアスファルトと汚れた自分の靴しか入らなかった。
帰宅することもなくまた抜け殻のようにベッドの上に横たわる。
充電コードにスマホを挿したはいいものの、開く気にならなかった。
ドアがノックされる音が部屋に響く。
「お兄ちゃん、このマフラーもう使わないならどこかしまっちゃいなよ」
愛花が部屋に入り、机の上にマフラーを乗せた。
「てか、このマフラー誰のなの? タグのところに苗字だけは書いてあったけど」
愛花の言葉に思わず目を向けた。
「牛嶋さんて誰?」
「……誰でもいいだろ」
「あのさぁ、名前が書いてあるマフラーを突然貰ってきたら誰だって察するよ?」
腕を組んで怒り気味な愛花に僕は背を向けた。
「まあいいんだけどさ、なんでも」
再びドアが開かれたと思うと、今度は美月が部屋に入り込む。
「愛花―、アルバムあったよー」
「ありがとう!」
なぜか僕の部屋でアルバムを漁る姉妹を僕は無視し続けた。
「あ、これ、颯の唯一の青春だ」
「え? 誰この子」
美月が何かを見つけたようだった。僕は背けていた体をアルバムに向けた。
「幼稚園時代の颯だよ。あの頃は可愛かったなぁ~、近所の子がいなくなったって大泣きでー……」
アルバムから目を逸らすと、机の上にある雪だるまの置物と目が合った。
“思い出は引き出しのようなもの”と以前のマスターの言葉の意味がわかったような感覚で、僕の頭の中で何かが電光石火のように駆け抜けた。
そうだ、僕は確かあの幼稚園で……。
あの頃の僕は……
頭の中で次々とスライドショーのように背景が映し出された。
僕はまだ5歳か6歳の頃に……
僕は勢いよくスマホをコードから引き抜いた。
ベッドから起き上がった勢いで転びそうになる。
「ちょっとどこ行くの!」
部屋の中から愛花の声が聞こえる。
僕は落ちるように階段を駆け下り、靴もちゃんと履ききれてない中家を飛び出す。
「そうだ、僕はあの日……」
片手に持つスマホで走りながらメッセージアプリを開く。
交差点から飛び出す自転車がキィー、と音を鳴らして僕にぶつかりかける。
転びそうな体を起こして、すみませんと流れるように謝り、体制を立て直す。
「あの春の日だ……」
アプリを開き、スクロールせずとも残っているトーク履歴を開く。
電話マークを押し、呼び鈴の音がスマホから鳴り始める。
「どうして忘れていたんだ、どうしてそこだけ記憶から飛んでいたんだ……」
呼び鈴が鳴り止まない。
僕は走りながらスマホをチラチラと見ながらメッセージを送る。
息が切れ始める。
こんなに走ったのはいつぶりなのだろうか。
思い出がライブラリのように頭の中に浮き出る。
「こんなに鮮明に思い出せるのも、偶然じゃない……」
神社の階段を一段飛ばしで駆け上がる。
最上段を駆け上がりきり、鳥居をの下を走り抜けた。
本殿の後ろへ回ると、湿った土が僕の足を滑らせる。
手をついて転びそうになるのを防いで、僕はカフェの場所へと入り込む。
「あの花も、場所も、季節も……」
テラスに座るみんなが僕に気づいて振り向く。
「どうした? やっぱり腹減ったのか?」
ウィンの言葉に返事をするほど余裕がない。
僕は鉢の置かれている棚へ走り、自分の鉢を見つける。
鉢に咲いた花を一掴みでむしり取り、カフェの反対側へ再び走り出す。
ガシャンと大きな音が耳に入り、振り返ると月の鉢が棚から落ち、バラバラに割れてしまっている。
「ごめんマスター! 後で片付ける!」
整わぬ呼吸で精一杯に声を張る。
暗闇へと突き進むが、足がもたつく。
階段を駆け上がった代償が来た。
ペースが落ちる。
「あの笑顔も、悲しんでいた気持ちも、一人で住む理由も……」
掴んだ花とスマホを持ち変える。
鷲掴みの茎から飛び出す棘が手のひらを突き刺す。
光が見え始め、池のある橋の下へ飛び出す。
スマホで再び電話をかける。
「カフェで悩んでいた理由も……」
呼び出しに応じないスマホに指先を走らせ、メッセージを送る。
橋横の階段を駆け上がるも、足が上がらず段差に引っかかる。
肺が苦しい。腹部が痛む。
花びらが零れぬように、手を大きく動かさずに走り続ける。
鼻の奥がツンとして痛い。
「全部、僕の為だったんだ……!」
住宅街に入ると、小さな子どもたちの燥ぐ声が建物の隙間に響く。
僕の耳には自分の呼吸音の方が大きく聞こえる。
スマホが震え、画面が光る。
折り返しの電話が来ている。
反射的に応答ボタンを押下する。
耳に画面を付けると、声が聞こえる。
「どうしたの……? あ、ごめんね連絡してなくて、実は……」
「今家!?」
「え? うん、そうだけど……どうしたの息切らして?」
「出てきて欲しいんだ! 一瞬でいいから!」
翠さんは戸惑いを隠せていないようだ。
「……わかった。今どこ?」
「橋の近くの住宅街!」
「え!? ……わかった、すぐ着替える」
電話を切り、ポケットにスマホを突っ込んで落ちたペースを上げる。
もう足が攣りそうだ。
自分でも限界を超えているのがわかる。
アパート沿いの道路が見えてきた。
広い道路へ飛び出すと、歩道に沿って梅の木が花を開花させ、風に運ばれ僕を通り過ぎる。
信号へ向かおうとすると、翠さんがアパートから出てくるのが見える。
信号が点滅し始める交差点を駆け抜けると、翠さんも僕に気づき、こちらへ走ってきてくれる。
僕らは白い花を咲かす梅の木の下で再び会うことができた。
「どうしたの!? そんな急いで……」
ようやく止まる両足は、膝から崩れ落ちる。
「そっちこそ……急に連絡……途絶えて……」
呼吸が荒く、うまく話せない。
膝を地面についてできるだけ息を整える。
ごめんね、と一言だけ放つ翠さんに、僕はまた口を開く。
「やっと、やっと思い出したんだ……今まで……気づかなくてごめん……翠ちゃん!」
顔を上げると、大きく目を開いた翠ちゃんが呆然と佇んでいる。
「あの卒園式の日から、また会おうって約束してたのに、忘れててごめん!」
高直して佇んでいる。驚くのも無理はない。
「絶対また遊ぼうって約束したのに、ごめん!」
僕が見つめる目は、どんどんと潤み始めている。
「ずっと待っててくれてありがとう。あの時言えなかったけど、これが僕の気持ちだ」
僕は、片膝を立てて握りしめていた花束を前に差し出した。
僕の手には、カランコエ、ペラルゴニューム、クロッカス、白い花、そしてそれらに囲まれるように繊細な赤色をした薔薇が中央に美麗に咲き誇る。
そよ風が長い髪を揺らし梅の花びらを吹き上げる。
春の匂いが鼻をくすぐる。
唖然としたままどんどん目が潤んでいくのがわかる。
彼女は溢れかえりそうな涙を拭い、僕にこれまでに見たこともないくらいの笑顔でようやく口を開いた。
「待ちくたびれたよ」
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