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四章 夏
赤色
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時間を掛けてレンズを覗き込み、ゆっくりとボタンを押した。カシャっとした音を鳴らし、カメラを膝の上に置く。
「どう? 何か変わった?」
僕の質問も受け取らず、周囲を見渡す。そして、首を横に振った。
「ううん、何も変わってない」
予想は外れていたようだ。どこか安心したように大きく息を吐く彩音は、水を飲みたいと言って塀から降りた。撮られた写真を確認しながら、僕もその後を追う。
しばらく日陰で海を眺めた後は、足を水道場で洗い、ロッカーから荷物を取り出して駅へと向かう。初めての海の感想を聞きながら、僕は最後の色についてばかり考えていた。
「今日は青色を堪能できたってことで、赤色はまたいつかゆっくり見つけよう」
「そうだね」
返事をして、長い道のりでカメラの中に収まる想い出を眺めながら、電車で自宅付近へと運ばれる。とある駅で浴衣姿の女性が車内に乗り込んだ。
「……綺麗」
彩音は見惚れているようだった。
「お祭りでもあるのかな」
僕はスマホの画面を開く。ネットで調べると、家からそこまで遠くない場所で花火大会が開かれるようだ。
「僕らも行こう」
「え? 私、浴衣は持ってないし……」
「浴衣は必ず着なきゃいけないものじゃないから大丈夫だよ。それに、来年とかにでも浴衣を買ってまた行こう」
彩音は嬉しそうに頷いた。数駅を跨いでいる間にだんだんと太陽は今日の役割を終え始めている。代わりとして、地球に齧られたようにほとんど欠けた月が顔を覗かせている。人も随分と増え、僕らは電車から駅のホームに乗り移る。一斉に降りた人の群れは僕らの距離を自然と近づけた。
「逸れないようにね」
「大丈夫だよ、貴方、わかりやすいもの」
どこにいても見つけ出してくれそうな安心感のある一言に、思わず吹き出してしまう。
改札から鳴る高い音の数だけ、人の量を示していた。駅の壁に沿って流れに身を任せ、会場へと向かう。道を占領する人々を見て、まるで川の上の花びらみたい、と彩音は笑っていた。路肩に佇む木の腹にしがみ付くアブラゼミがやけにうるさいと感じた。そんなことに意識が向いていたせいか、袖に何かが止まるような感覚に、大袈裟に驚いてしまった。
「やっぱり逸れそうだから、ここ掴んでるね」
Tシャツの一部を、細長い指先で摘む彩音の右手だった。汗臭くないかが少し心配だ。下駄が足元から這い上がってくるような音と、道中の店から漂う焼きものの匂いが混ざり合い、夏の存在を改めさせられる。
駅から二十分ほどで、会場へと辿り着いた。既に人が公園から溢れ返りそうなほどの威圧感に、僕は若干嫌気が差していた。
「大丈夫?」
一つ尋ね、頷いただけの返事をもらう。屋台の並ぶ道を歩いていると、袖を引っ張られる感覚が右腕に走った。
「見て。あれ、積乱雲じゃない?」
指先で示された方向を向くと、カナリアイエローのシロップのかけられたかき氷を口にする子どもが近くを歩いている。
「かき氷だよ。夏といえば、って感じ」
ふーん、と言い目を離さない彩音を横に、僕は屋台の前で立ち止まる。
「どう? 何か変わった?」
僕の質問も受け取らず、周囲を見渡す。そして、首を横に振った。
「ううん、何も変わってない」
予想は外れていたようだ。どこか安心したように大きく息を吐く彩音は、水を飲みたいと言って塀から降りた。撮られた写真を確認しながら、僕もその後を追う。
しばらく日陰で海を眺めた後は、足を水道場で洗い、ロッカーから荷物を取り出して駅へと向かう。初めての海の感想を聞きながら、僕は最後の色についてばかり考えていた。
「今日は青色を堪能できたってことで、赤色はまたいつかゆっくり見つけよう」
「そうだね」
返事をして、長い道のりでカメラの中に収まる想い出を眺めながら、電車で自宅付近へと運ばれる。とある駅で浴衣姿の女性が車内に乗り込んだ。
「……綺麗」
彩音は見惚れているようだった。
「お祭りでもあるのかな」
僕はスマホの画面を開く。ネットで調べると、家からそこまで遠くない場所で花火大会が開かれるようだ。
「僕らも行こう」
「え? 私、浴衣は持ってないし……」
「浴衣は必ず着なきゃいけないものじゃないから大丈夫だよ。それに、来年とかにでも浴衣を買ってまた行こう」
彩音は嬉しそうに頷いた。数駅を跨いでいる間にだんだんと太陽は今日の役割を終え始めている。代わりとして、地球に齧られたようにほとんど欠けた月が顔を覗かせている。人も随分と増え、僕らは電車から駅のホームに乗り移る。一斉に降りた人の群れは僕らの距離を自然と近づけた。
「逸れないようにね」
「大丈夫だよ、貴方、わかりやすいもの」
どこにいても見つけ出してくれそうな安心感のある一言に、思わず吹き出してしまう。
改札から鳴る高い音の数だけ、人の量を示していた。駅の壁に沿って流れに身を任せ、会場へと向かう。道を占領する人々を見て、まるで川の上の花びらみたい、と彩音は笑っていた。路肩に佇む木の腹にしがみ付くアブラゼミがやけにうるさいと感じた。そんなことに意識が向いていたせいか、袖に何かが止まるような感覚に、大袈裟に驚いてしまった。
「やっぱり逸れそうだから、ここ掴んでるね」
Tシャツの一部を、細長い指先で摘む彩音の右手だった。汗臭くないかが少し心配だ。下駄が足元から這い上がってくるような音と、道中の店から漂う焼きものの匂いが混ざり合い、夏の存在を改めさせられる。
駅から二十分ほどで、会場へと辿り着いた。既に人が公園から溢れ返りそうなほどの威圧感に、僕は若干嫌気が差していた。
「大丈夫?」
一つ尋ね、頷いただけの返事をもらう。屋台の並ぶ道を歩いていると、袖を引っ張られる感覚が右腕に走った。
「見て。あれ、積乱雲じゃない?」
指先で示された方向を向くと、カナリアイエローのシロップのかけられたかき氷を口にする子どもが近くを歩いている。
「かき氷だよ。夏といえば、って感じ」
ふーん、と言い目を離さない彩音を横に、僕は屋台の前で立ち止まる。
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