52 / 61
四章 夏
瓶覗色
しおりを挟む
「うわ。本当だ。しかもかなりしょっぱい」
声を出して笑う僕を見て、両手で掬い上げた海水を目の前に出される。
「え? 何?」
「貴方も飲んでよ」
「いや多すぎるでしょ!」
じわじわと微笑みを作り出した彩音は僕の顔に両手を近づける。
「ちょっとだけね」
右手の人差し指を両手に持った水溜りに突っ込み、一滴ほどの水を舐めると、海水が僕の視界を遮った。彩音が僕の顔目掛けて水を掛けたのだ。堪らず口の中のものを吐き出してしまう。
「あはは! ごめん、つい!」
僕は腰を折って、片手で海水を弾き飛ばす。驚いた声を漏らしながら彩音の顔に付着した水滴が頬を伝っているのを見て、僕は思わず笑う。すると真正面にある右足が、勢いよく持ち上がり、もう一度僕の顔面へと勢いよく水を掛けた。前髪から水滴が滴る。細めた目を見た彩音が走り出す。
「あはは! ごめんって!」
コバルトブルーの後ろ姿は、水面から海の一部を弾き飛ばしながら僕から離れていく。波が引いていく。不安定な足場はその細い足を掬い上げ、転ばせた。
「大丈夫?」
駆け寄って見ると、膝から下、そして服の丈は見事に海水に浸かっている。
「イタズラは良くないってことね」
差し伸べた手を掴んで立ち上がる彩音は反省した様子だった。海辺から離れて大きなコンクリートでできた塀の上に座り込み、濡れた服を乾かすこととした。雲が作り上げた大きな日傘は僅かな涼しさを運んでくれていた。
ぼんやりとして広い夏の象徴を泳ぐ人達を眺めながら、ふと思ったことを口にする。
「彩音は、全部の色が見えるようになったら、どんな自分になると思う?」
そうね、とだけ声に出し、海風が沈黙を届けた。
「……私は、どんな自分も、自分なんだなって気づいたの」
彩音は続ける。
「貴方と過ごしているうちに、自分を受け入れてくれる人もいるんだなって知れたし、色が見えない自分も、真っ白な自分も、笑う自分も、全部私なんだって自覚できるようになったの。だから色が見えるようになっても、見えないままでも、私は私を好きでいる自分になると思う」
って答えになってないか、そう笑顔で付け足され、僕は首を横に振る。
「ううん、素敵な考えだと思う」
背中の近くで体重を支える両手へ不自然に意識が向いてしまっていた。潮音と自動車の音が混ざり合うのを耳に、僕らに言葉は不要だった。
昼下がり、天色の広がる頭上にふと、自分の感情や気持ちに置き換えた。
「この空は……思い出みたいな色をしてる」
「思い出? どんな?」
いつもの透き通るような綺麗な声でその意味を尋ねられる。
「わからないけど……思い出、と言ったら、この空みたいな色だと思うんだ」
彩音は顔を寄せて立て続けに尋ねる。
「じゃあ、黄色は?」
声を出して笑う僕を見て、両手で掬い上げた海水を目の前に出される。
「え? 何?」
「貴方も飲んでよ」
「いや多すぎるでしょ!」
じわじわと微笑みを作り出した彩音は僕の顔に両手を近づける。
「ちょっとだけね」
右手の人差し指を両手に持った水溜りに突っ込み、一滴ほどの水を舐めると、海水が僕の視界を遮った。彩音が僕の顔目掛けて水を掛けたのだ。堪らず口の中のものを吐き出してしまう。
「あはは! ごめん、つい!」
僕は腰を折って、片手で海水を弾き飛ばす。驚いた声を漏らしながら彩音の顔に付着した水滴が頬を伝っているのを見て、僕は思わず笑う。すると真正面にある右足が、勢いよく持ち上がり、もう一度僕の顔面へと勢いよく水を掛けた。前髪から水滴が滴る。細めた目を見た彩音が走り出す。
「あはは! ごめんって!」
コバルトブルーの後ろ姿は、水面から海の一部を弾き飛ばしながら僕から離れていく。波が引いていく。不安定な足場はその細い足を掬い上げ、転ばせた。
「大丈夫?」
駆け寄って見ると、膝から下、そして服の丈は見事に海水に浸かっている。
「イタズラは良くないってことね」
差し伸べた手を掴んで立ち上がる彩音は反省した様子だった。海辺から離れて大きなコンクリートでできた塀の上に座り込み、濡れた服を乾かすこととした。雲が作り上げた大きな日傘は僅かな涼しさを運んでくれていた。
ぼんやりとして広い夏の象徴を泳ぐ人達を眺めながら、ふと思ったことを口にする。
「彩音は、全部の色が見えるようになったら、どんな自分になると思う?」
そうね、とだけ声に出し、海風が沈黙を届けた。
「……私は、どんな自分も、自分なんだなって気づいたの」
彩音は続ける。
「貴方と過ごしているうちに、自分を受け入れてくれる人もいるんだなって知れたし、色が見えない自分も、真っ白な自分も、笑う自分も、全部私なんだって自覚できるようになったの。だから色が見えるようになっても、見えないままでも、私は私を好きでいる自分になると思う」
って答えになってないか、そう笑顔で付け足され、僕は首を横に振る。
「ううん、素敵な考えだと思う」
背中の近くで体重を支える両手へ不自然に意識が向いてしまっていた。潮音と自動車の音が混ざり合うのを耳に、僕らに言葉は不要だった。
昼下がり、天色の広がる頭上にふと、自分の感情や気持ちに置き換えた。
「この空は……思い出みたいな色をしてる」
「思い出? どんな?」
いつもの透き通るような綺麗な声でその意味を尋ねられる。
「わからないけど……思い出、と言ったら、この空みたいな色だと思うんだ」
彩音は顔を寄せて立て続けに尋ねる。
「じゃあ、黄色は?」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
麗しのラシェール
真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」
わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。
ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる?
これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。
…………………………………………………………………………………………
短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる