四季を彩るアルビノへ

夜月 真

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四章 夏

石竹色

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「日中は働くけど、休日の夜には外へ出て、雨が降ったら家の中でその音を聞いて、たまにはコンビニでお金を使って……どれも新鮮で、日常だけど、非日常なの」
 そうだね、と言って見上げる空はどんよりとして星の一つも見えず、綺麗とは言えなかった。しかしそれでも今の僕らには十分だった。
 十字路を右折する直前で、彩音は僕の前に体を向けて立ち止まる。手を後ろに組み、僕をまっすぐと見て愚問を尋ねる。
「どうして私にここまでしてくれるの?」
 ビニール袋が僕の指先で振り子する。民家の前、薄暗く遠くから僅かに届く街灯の光が頼りだった。

「どうしてって……友達といるのに理由なんていらないよ。もし彩音が、アルビノなのに、なんて考えているんだとしたらその必要はないと思うよ」
「じゃあ、周りの人が避けるのはどうして? どうして貴方は他の人とは違って、優しくしてくれるの?」
 僕は唾を飲み込んで、頭に浮かぶ文字を整えた。どこかで借りてきたような台詞を、あたかも自分で作ったかのように吐き出した。
「個性のない人間なんていないと思うんだ。僕は別に格好良くもないし、頭がいいわけでもない。けれどそれが僕の個性だ。彩音の個性がたまたまアルビノで、それが周りにはなかなかいないだけだったんだよ。だからみんな驚くんだ」
 歩きながら話そう。僕は言葉を付け足した。ふたりだけの足音と、声をぶつけ合う夜の世界。僕は続きを話す。
「みんな、自分の個性に気づいていない人がほとんどなんだ。だから目立った特徴を持った彩音が羨ましいんだよ」

「貴方の言うことも納得できる。けれど私は、貴方自身がどうして私に、ここまで優しくしてくれるのかが知りたいの」
 数歩歩き、考える。僕自身が彩音のために時間を割き、色を見せ、他の人以上に関わりを持とうとする理由。わかったようで、わからないふりをした。
「彩音の髪が素敵だったから、仲良くなりたいって思ったんだ。あのとき」
 彩音はそれ以上、僕を責めるように咎めることはしなかった。坂を上りきり、家に着く。玄関の鍵を開けて扉を開くと、テレビの音が若干に漏れ出した。
 バスタオルとフェイスタオルを渡し、先にお風呂を譲ってその隙にアイスを冷凍庫へ仕舞う。スナック菓子などの袋をテーブルに広げてテレビを観ながら体を休めていると、頭を拭きながら部屋に彩音が扉を開けて戻った。洗面所からドライヤーを持ち出し、手渡した。石竹色せきちくいろのふわふわとしたスウェットのようなパジャマ姿を見て、本当に宿泊するのだと改めて思う。

「じゃあ次入ってくるから、それ使って髪乾かしてて。あ、水道とかトイレとか、勝手に使っちゃっていいからね」
 二番目に入るお風呂はいつぶりだろうか、温まった浴室に移動して思い出す。部屋着に着替え、脱衣所から頭を拭きながら出ると、濡れた髪の彩音が正座を崩して座り込んでいる。
「あれ? 髪の毛拭かなかったの?」
 そう尋ねると、ドライヤーを僕のへと差し出した。首を傾げて、ようやくその口を開く。
「乾かし合いっこしよう。せっかくふたりいるんだし」
 ベッドへと座り、水を含んでキラキラと光を反射させる髪へ温風を送る。今まで綺麗だと言っていたこの白髪に触れるのは、なんだかんだで初めてだ。髪の束が指先をなぞる感覚を噛み締める。靡く髪から香るシャンプーの匂いは、僕がいつも使っているものだ。他人から自分のものの匂いがするのは少し違和感だった。ドライヤーのうるさいくらいの音に、会話を挟むことはなかった。電源を落とし、僕らの位置を交代する。
 髪が乾ききり、コンセントをぐるぐると本体に巻きつけていると彩音が口を開く。

「男の子は乾くのが早くていいなぁ」
「髪が長いと大変だよね」
 彩音は毛先を持ち上げるも、サラサラと細い砂のように手元から滑り落ちてしまう髪を見る。
「うん、もうそろそろ切ろうと思うの。長いと目立っちゃうし」
「そうなんだ。綺麗なのに勿体ない」
「貴方は伸ばすべきだと思う?」
 少し悩んで、曖昧に返答する。
「彩音が楽なら、切った方がいいんじゃないかな。ロングの彩音を見たことがないから、なんとも言えないけど」

「貴方は長い髪と、短い髪、どっちが好みなの?」
 頭に浮かべるイメージを覗くように視線を上げる。
「うーん、長い方が、女性らしくて好きかな。もちろん短い髪型も素敵だと思うけどね」
「じゃあ、もう少し伸ばしてみるね」
 僕の好みに合わせようとする意図に、気づかないふりをした。勘違いだったらただ恥ずかしいからだ。若干に嬉しさの混ざる感情を押し殺し、平常心をできる限り保った。
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