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四章 夏
柑子色
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目が覚めた先にあるのは汚れ一つない白い壁だった。重力によって押し付けられる後頭部と背中の感覚で、それが天井と気づくのにも時間を要した。ベッドから体を引き離す。体中のあちこちが痛むが、耐えられないほどでもない。薄いカーテンの隙間を縫って差し込む陽光が僕の上を通って伸びている。
「よく眠れた?」
突然に言葉をぶつけられ、反射でおかしな声が飛び出した。
「わぁ! ……いつからそこに?」
「ふふっ、ずっといたよ」
自分の膝の上に手を乗せた彩音は、僕の目を見て話を続ける。
「なんだか久しぶりだね」
「なんだかじゃないよ。ずっと会っていなかったじゃん」
彩音は首を傾げ、まるで話が噛み合っていないような反応を見せる。僕は左手で月日を数える。
「二ヶ月半だよ! ずっと見かけてもいないし、もう引っ越したのかと……」
彩音は口元に手を添えて微笑する。何がおかしいのか尋ねると、その手を再び膝元へ戻された。
「私はたまに貴方を見かけていたよ。いつも俯いたまま歩いていたから、少し心配だった」
「え? けど僕は彩音のことは一度も……」
立ち上がる彩音は、窓の外から聞こえるスズメの鳴き声にゆっくりと近いた。
「ごめんね、少しだけ距離を置こうと思って、避けてたの」
寂しさのある感情と疑問が生まれる。僕は純粋に頭に浮かんだそれを訊いた。
「けど! 僕は一度も彩音のことを見かけてないんだよ⁉︎ 一度もだ! そんな簡単に避けられるものじゃないよ!」
どこかむきになっている僕に、窓際から振り向いて微笑む彩音はどこか懐かしかった。
「だって、貴方の足音わかりやすいんだもん」
避けられていたことへのショックと、こうしてまた話し合えている現状への安心感が混ざり合い、複雑な感情だ。言葉を失い、再びベッドへ体を任せた。
「飲み物買ってくるよ。お茶で大丈夫?」
「……うん、ありがとう」
膝に掛かっていた一斤染色の毛布を退け、部屋の扉を開けて姿を消した彩音の背中を見送り、僕は瞼を閉じる。体温で温まった掛け布団に、まるでお風呂にでも入っているかのように錯覚した。
「君、良い彼女持ってるね~」
知らない声が扉から僕へ擽る様な口調でぶつけられた。隙間から覗く若いロングヘアの女性看護師が悪戯な笑みを浮かべている。
「……彼女じゃないですよ」
そう返事をすると、配膳車の中から一食分の食事の乗せられたトレイを引っ張り出し、ベッド横のテーブルに置く。そして扉も閉めずに僕の横に置かれた椅子に座り込むと、再び口を開く。
「あの子、すごく君のこと想ってるって感じるよ。君のお母さんは仕事があるらしいから午前には帰っちゃったけど」
「まあ、そんな重症でもなさそうですし」
「そうだね、その様子だと今日はもう帰っても問題なさそう。一応検査は寝てる間に終わってるみたいだし」
太陽が雲に隠れたのだと、僕を割くようにして差し込んでいた光が消えたことで理解した。部屋の外では少しバタついている様子だ。
「あの子のこと、大切にしなよ。ずっとここにいたんだから」
看護師は寂しげな表情を浮かべて、僕と顔を合わせる。僕はその言葉の意味がわからない。
「ずっとって?」
「よく眠れた?」
突然に言葉をぶつけられ、反射でおかしな声が飛び出した。
「わぁ! ……いつからそこに?」
「ふふっ、ずっといたよ」
自分の膝の上に手を乗せた彩音は、僕の目を見て話を続ける。
「なんだか久しぶりだね」
「なんだかじゃないよ。ずっと会っていなかったじゃん」
彩音は首を傾げ、まるで話が噛み合っていないような反応を見せる。僕は左手で月日を数える。
「二ヶ月半だよ! ずっと見かけてもいないし、もう引っ越したのかと……」
彩音は口元に手を添えて微笑する。何がおかしいのか尋ねると、その手を再び膝元へ戻された。
「私はたまに貴方を見かけていたよ。いつも俯いたまま歩いていたから、少し心配だった」
「え? けど僕は彩音のことは一度も……」
立ち上がる彩音は、窓の外から聞こえるスズメの鳴き声にゆっくりと近いた。
「ごめんね、少しだけ距離を置こうと思って、避けてたの」
寂しさのある感情と疑問が生まれる。僕は純粋に頭に浮かんだそれを訊いた。
「けど! 僕は一度も彩音のことを見かけてないんだよ⁉︎ 一度もだ! そんな簡単に避けられるものじゃないよ!」
どこかむきになっている僕に、窓際から振り向いて微笑む彩音はどこか懐かしかった。
「だって、貴方の足音わかりやすいんだもん」
避けられていたことへのショックと、こうしてまた話し合えている現状への安心感が混ざり合い、複雑な感情だ。言葉を失い、再びベッドへ体を任せた。
「飲み物買ってくるよ。お茶で大丈夫?」
「……うん、ありがとう」
膝に掛かっていた一斤染色の毛布を退け、部屋の扉を開けて姿を消した彩音の背中を見送り、僕は瞼を閉じる。体温で温まった掛け布団に、まるでお風呂にでも入っているかのように錯覚した。
「君、良い彼女持ってるね~」
知らない声が扉から僕へ擽る様な口調でぶつけられた。隙間から覗く若いロングヘアの女性看護師が悪戯な笑みを浮かべている。
「……彼女じゃないですよ」
そう返事をすると、配膳車の中から一食分の食事の乗せられたトレイを引っ張り出し、ベッド横のテーブルに置く。そして扉も閉めずに僕の横に置かれた椅子に座り込むと、再び口を開く。
「あの子、すごく君のこと想ってるって感じるよ。君のお母さんは仕事があるらしいから午前には帰っちゃったけど」
「まあ、そんな重症でもなさそうですし」
「そうだね、その様子だと今日はもう帰っても問題なさそう。一応検査は寝てる間に終わってるみたいだし」
太陽が雲に隠れたのだと、僕を割くようにして差し込んでいた光が消えたことで理解した。部屋の外では少しバタついている様子だ。
「あの子のこと、大切にしなよ。ずっとここにいたんだから」
看護師は寂しげな表情を浮かべて、僕と顔を合わせる。僕はその言葉の意味がわからない。
「ずっとって?」
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