四季を彩るアルビノへ

夜月 真

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三章 春

桃色

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 ブランコが向く先に、ベンチが二基。僕はそのうちの遊具から遠い方に腰掛ける。頭がぼうとしている。西陽が背中を暖かく焼いているようだった。受け取ったトートバッグを隣へ置き、まるで寝起きのような頭でしばらく桜を眺めていた。
 ジャージを着たふたり組の中学生が、下校する話し声で僕を夢から覚ますように意識を戻してくれた。木の枝先が風に揺らされているのを見て、一日がもうすぐ終わってしまうように錯覚する。僕は隣に置いたバッグの中身を野良猫のように漁った。中からはひとり分とは思えない量のお弁当が現れた。丁寧に巾着で包まれ、二箱のお弁当箱とレジャーシートが僕の愚かさを際立てる。滲んだ視界を袖で拭い、僕はお弁当箱の蓋を開けた。中からは唐揚げや卵焼き、そして白米に振り掛けられた桜でんぶが、彩音の望んでいた今日を僕の胸に突きつけられているような気分だった。

 箸を取り出し、頬を伝う涙も気にせず僕はそれらに食らいつく。自動車の走る音と鳥の鳴き声、鼻を啜る音だけが耳に入る。花見を楽しむことなく、数分で僕は二箱とも食べ終えた。空箱をバッグに戻し、背もたれに体重を任せ、ただ時間が経つのを待っていた。
 十七時を知らせる鐘が街を反響して何重にもわたって耳へ入り込んだ。少しだけ冷静になった身体で立ち上がり、バッグを肩に引っ掛けて僕は散歩を続けた。日が沈み始めていることを何度も空で確認しながら歩くことを続ける。月がやたらと大きく見えた。
 随分と歩いた気がする。大通り、階段、緑道、住宅街。気の向くままに足を運んだ。住宅の並ぶ緩い坂道を疲れない速度で上り続けた。自分の家の前の坂道より傾斜はないが、それでも長さのある坂道だ。十字路の前で自転車が高いブレーキ音で僕の鼓膜を揺らしながら下っていくのを目で追った。そして僕はようやく自分が歩いてきた道を俯瞰する。

「かなり歩いたな……」
 自転車が下るのとは逆に、バイクが坂道にエンジン音を唸らせながら駆け上がってくる。横断歩道の前でバイクは停車し、僕に道を譲ろうとしたが、首を横に振った僕を見てバイクは右折した。その姿を目で追った先に、柑子色こうじいろのカーブミラーが目に入り、その横に階段があるのも確認できた。誘われるように足を運び、僕はその前へ着くと足を止めた。
「階段じゃなくて、ただの石垣か」
 見間違いで着いた先はまたも公園だった。奥にあるのは、梅だろうか。暗くなったにも関わらず、サッカーをしている子どもがふたり、逆光でシルエットだけ見える。公園を通り過ぎ、曲がり角を右折すると、またも別の公園が現れた。しかしそこには、遊具ひとつない。端っこの方に追いやられたような木は薄いピンク色をした桜の木々だった。街灯のない場所で咲き誇る姿は異様に凛としている。そして僕は木の元で立ち止まると、ある疑問が浮かび上がった。

「どうして街灯もないのに、こんなにはっきり見えるんだ?」
 ゆっくりと顔をあげ、花びらの隙間から覗くようにこちらを見ている満月の光に、このとき初めて気がついた。そうか、彩音の言っていた光というのは、このことを言っていたのか。そんなことを思う。脆く消えてしまいそうな大きな月明かりを、花びらは拒むことなく貪欲に求め続けているようにも見えた。僕はこの存在感のある光を、切なさの残る花明かりを、ただ涙を拭いながら見上げることしかできなかった。
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