四季を彩るアルビノへ

夜月 真

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三章 春

素緋色

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 二週間が過ぎた。枇杷をモチーフにした手紙を受け、僕らは本格的な春を見に行くことを約束していた。テレビでは、満開という文字が使われていて、彩音の家の前で待ち合わせをし、あの大栗川沿いを再び歩くこととした。あの通りには、毎年花びらが舞うことを知っていたからだ。
 カメラの調子も悪くないことを確認し、僕は一枚、試し撮りをする。
「あ……」
 シャッターを切る前に、レンズへ淡いデニムを羽織った彩音が映る。
「お待たせ」
 出会ったころよりも長くなった髪をクルクルと指先で巻きながら、どこか照れくさそうな表情を見せる。肩よりも下まで伸びた髪先は内側にくるりと巻いた形を作っていた。

「初めて見る髪型だ。すごく似合ってる」
 そう言うと赤らめた頬を隠すように視線を逸らして、ありがとうと囁いた。歩き始めた先で、溢れた花びらが春風に揺られて宙を舞う。この色を、今日こそは見てもらおうと考えていた。何か自分の中の信念のようなものだった。
 以前、僕らが見つけた色は二色だった。青と緑だ。黄色から始まり、今は大きく分けて三色。何がきっかけで、その色が見つかったのかはわからない。けれど予想では、多摩川が大きなきっかけなのだと考えていた。黄色を見つけた日も、青と緑を見つけた日も、写真には多摩川が写っている。その僅かな期待にかけていた。今日こそは桜を、と僕の心はどこか感情的になっていた。
「お昼ご飯食べた?」
 歩き始めてすぐに彩音が一つ訊く。

「まだだよ」
 そう答えると、よかった、と一言呟かれる。彩音もまだ昼食を済ませていないから訊かれたのかと僕は思う。
 散歩を始めて十数分したところで、住宅街のどこかの家からピアノの音色が漏れ出ているのに気がつく。名前はわからないが、クラシック音楽だ。ところどころミスをしていて、スムーズな演奏とは言えない。
「どこかの家の子が練習してるのかな?」
 彩音が口を開いた。道路脇の白線の上を綱渡りのようにして歩く彩音に、そんな感じがするね、と言う。大通り裏の住宅街を進んでいると、豚骨スープの匂いが鼻の奥を刺激した。ラーメン屋の裏、まるで縄張りに入ってしまったと錯覚する。乾いた空を眺めながら、彩音に問う。
「ラーメンは、食べたことある?」
 彩音は澄ました顔を向けたながら答える。

「ないよ。あ、カップラーメンだったらたくさんあるけど、お店のは全く」
「じゃあ今日はラーメンを食べて帰ろうか」
「うーん、もう少し考えてみない?」
 僕が念を押して頼み込むと、再びうーんと唸り、考える彩音は渋々了承してくれた。
 大栗川が道の先に見える場所に到着した。家の影からちらつく木の枝からは寿命の短い桃色ももいろが僕らを誘っているかのようにゆらゆらと踊っている。風で散った春が、足元を通り過ぎた。
「桜って、どんな色なの?」
 僕は顎に手を添えて考える。色を説明することなど、したこともない。
「そうだなぁ、優しい色をしてて、甘そうでもあるかな。見ていると落ち着くし、春といえばこの色って感じがする」
 へー、と薄い乾いたような反応だけをする彩音に僕からも一つ問いかける。
「彩音の中で春といえば、何?」
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