24 / 61
二章 冬
杏色
しおりを挟む
画面を付けると、颯から引越しを手伝ってくれる旨の返信が送られてきていた。そしてもう一件、メッセージが届いた。
「お誕生日おめでとう」
彩音に言われ、時刻を見ると十二時を一分ほど回ったところだ。颯からの文章も、似たようなものだった。その文末には多すぎるほどの絵文字がずらりと並んでいる。
「覚えててくれたの?」
以前、手紙で互いの誕生日についての話を持ち出していた。僕は今日で、二十歳となったのだ。
「うん、だから今日、こっちまで来たんだよ」
小さな紙袋を手渡され、僕はそれを受け取る。
「開けていい?」
「うん。気に入ってもらえるかはわからないけどね」
袋を閉じるテープを剥がし、さらに包装された紙を広げる。中から出てきたものは、白い三毛猫が描かれたマグカップだった。縁に耳を模した凹凸まであり、見ているだけでも癒されるようなものだ。
「ありがとう。すごく可愛い」
「見ていたら、私も欲しくなっちゃって、自分のも買っちゃったの」
「これは欲しくなっちゃうよ」
喜び方がわからないほどに、嬉しさがあった。薄情な人と思われないかが心配だ。心から嬉しいのに、表現の仕方がいまいちわからない。
「貴方、どうして泣いてるの?」
言われるまで気づくことがなかった。右頬に熱を持った水が伝っていた。
「何でだろう」
「そんなに嬉しかった?」
涙を拭って、的外れに思いついたことをそのまま言った。
「ドライアイだから、こっそり目薬注したんだ」
「ふふっ、嘘つき。私は黄色のものを買ったの。何だかお揃いみたいになっちゃったけど、ごめんね」
首を横に振って、マグカップを再び紙袋へ仕舞う。
「ううん。ありがとう。これでコーヒーを飲むようにするよ」
微笑む横顔を見るのは何回目だろうか。僕よりも彩音の方がどことなく嬉しそうだった。何度見ても飽きないその表情を眺めるのが好きだった。
「そういえば、彩音は誕生日いつなの?」
「え? 忘れちゃったの?」
冷や汗のようなものが出た。必死に記憶を辿り、手紙のやり取りを思い出す。
「あはは、冗談だよ。教えてなかったもんね」
肩の力がどっと抜けた。安心してからいつなのかを問うと、いつだと思うかと訊き返された。
「うーん、ヒントとかないの?」
彩音は指を顎に添えると、その日は貴方と一緒にいたよ、と言う。僕は深く考える。
「初めて一緒に写真を撮りに行った日?」
「あー惜しい」
あの日は確か、十一月の二週目あたりの日曜だった気がする。
「うーん。わからないなぁ」
「貴方と出会った日だよ」
僕は一拍置いて、声を出す。
「十月の二十五日か!」
そんなに大きな声出さなくても、と彩音は笑っていた。
「じゃあ今年の誕生日は空けておいてね。何を渡すかも考えておかなきゃ」
「無理しなくていいからね」
「まあ楽しみにしててよ」
風のせいか、一段と冷えてきた気がした。
「寒いね。そろそろ行こうか」
僕らはきた道をそのまま戻る。危ないからと言ってマフラーを彩音の首に柔らかく巻き付け、先に下る。転ばないようにと手を差し伸べる。キザなことだと自分でもわかっているつもりではあった。
「お誕生日おめでとう」
彩音に言われ、時刻を見ると十二時を一分ほど回ったところだ。颯からの文章も、似たようなものだった。その文末には多すぎるほどの絵文字がずらりと並んでいる。
「覚えててくれたの?」
以前、手紙で互いの誕生日についての話を持ち出していた。僕は今日で、二十歳となったのだ。
「うん、だから今日、こっちまで来たんだよ」
小さな紙袋を手渡され、僕はそれを受け取る。
「開けていい?」
「うん。気に入ってもらえるかはわからないけどね」
袋を閉じるテープを剥がし、さらに包装された紙を広げる。中から出てきたものは、白い三毛猫が描かれたマグカップだった。縁に耳を模した凹凸まであり、見ているだけでも癒されるようなものだ。
「ありがとう。すごく可愛い」
「見ていたら、私も欲しくなっちゃって、自分のも買っちゃったの」
「これは欲しくなっちゃうよ」
喜び方がわからないほどに、嬉しさがあった。薄情な人と思われないかが心配だ。心から嬉しいのに、表現の仕方がいまいちわからない。
「貴方、どうして泣いてるの?」
言われるまで気づくことがなかった。右頬に熱を持った水が伝っていた。
「何でだろう」
「そんなに嬉しかった?」
涙を拭って、的外れに思いついたことをそのまま言った。
「ドライアイだから、こっそり目薬注したんだ」
「ふふっ、嘘つき。私は黄色のものを買ったの。何だかお揃いみたいになっちゃったけど、ごめんね」
首を横に振って、マグカップを再び紙袋へ仕舞う。
「ううん。ありがとう。これでコーヒーを飲むようにするよ」
微笑む横顔を見るのは何回目だろうか。僕よりも彩音の方がどことなく嬉しそうだった。何度見ても飽きないその表情を眺めるのが好きだった。
「そういえば、彩音は誕生日いつなの?」
「え? 忘れちゃったの?」
冷や汗のようなものが出た。必死に記憶を辿り、手紙のやり取りを思い出す。
「あはは、冗談だよ。教えてなかったもんね」
肩の力がどっと抜けた。安心してからいつなのかを問うと、いつだと思うかと訊き返された。
「うーん、ヒントとかないの?」
彩音は指を顎に添えると、その日は貴方と一緒にいたよ、と言う。僕は深く考える。
「初めて一緒に写真を撮りに行った日?」
「あー惜しい」
あの日は確か、十一月の二週目あたりの日曜だった気がする。
「うーん。わからないなぁ」
「貴方と出会った日だよ」
僕は一拍置いて、声を出す。
「十月の二十五日か!」
そんなに大きな声出さなくても、と彩音は笑っていた。
「じゃあ今年の誕生日は空けておいてね。何を渡すかも考えておかなきゃ」
「無理しなくていいからね」
「まあ楽しみにしててよ」
風のせいか、一段と冷えてきた気がした。
「寒いね。そろそろ行こうか」
僕らはきた道をそのまま戻る。危ないからと言ってマフラーを彩音の首に柔らかく巻き付け、先に下る。転ばないようにと手を差し伸べる。キザなことだと自分でもわかっているつもりではあった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
麗しのラシェール
真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」
わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。
ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる?
これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。
…………………………………………………………………………………………
短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる