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二章 冬
白色
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彩音は暖房の電源を入れ、僕は冷えた麦茶を喉に流し込む。体の中に冷たさが入り込むのを感じる。
「彩音としてはどうしたいの?」
ナチュラルカラーの木製テーブルを見つめ、一拍置いて口を開いた。
「私は……もう会いたくない。今のままの生活でいい」
その一言で、僕は決心がついた。
「わかった。じゃあちゃんとその考えをお母さんに伝えよう。僕も一緒にいるから」
味のないような話を混えながら、そのときを待った。そして数十分後、インターホンのチャイムが部屋に響いた。ビクッと身体を震わせて驚く彩音に、浅く頷く。
深く呼吸を整え、廊下をゆっくりと歩き進める様は、お化け屋敷にいる人のようだった。ガチャリと鍵を回転させ、ドアノブを回すと勢いよく扉が引っ張られるように開いかれる。その勢いで、彩音は半歩外へ飛び出した。
「寒いんだからさっさと開けなさいよ!」
激怒する尖った声が辺りに響き渡り、僕は思わず唾を飲み込んだ。ズカズカと土足で踏み入る姿を見て、反射的に立ち上がってしまう。防衛本能のようなものだった。
「……誰? あんた」
鋭い口調は初対面である僕にも容赦なく掛けられる。細く針のような眉と冷たい視線、波打ったショートヘアの容姿にインパクトを感じる。部屋の中が外から入り込む冬の空気で入れ替わる。
「あんたもずっとそこに突っ立ってないでさっさとこっち来なさいよ!」
彩音は扉閉めると、母親の前へと歩み寄る。バチンと大きな音と共に、彩音は勢いよく倒れ込んだ。
「あんたがいない間、家のことは全部私がやってたのよ! 中学まで出させてやったのに金も払わず勝手に出ていきやがって恩知らずめ! 探偵まで雇って探した金もしっかり払いなさい!」
キーンとした高い声が耳の奥、頭の中で響く感覚だ。想像以上の罵倒に、足がすくむ。
「この汚いアルビノめ!」
その一言で、右足が一歩踏み出てくれた。倒れ込む彩音に寄り添い、手を貸した。あまりの勢いに立ちあがろうとすることもできそうにない。大丈夫? と言葉を掛けると小さく頷くだけだった。
「あんた誰? こいつの男か?」
見下ろした刺すような視線に、僕は曲げた膝を伸ばして立ち上がる。
「僕は彩音さんの友達です。彩音さんをそんな風に言うのはやめてください」
内心では怯えていた。他人の母親に歯向かうなど、したこともないからだ。母親は鼻でフッと笑い、腰を折って彩音の腕を引っ張る。
「友達? この子に友達なんてできるわけがない。あんた見たことないの? この真っ白で色のない顔」
真っ白な顔、その一言に僕は一つ思い出す。
「白は真っ白だから美しいんです。僕の大学の友達が言っていました。彩音さんは綺麗で、普通の人よりも素敵な女性です」
母親は僕を軽く突き飛ばして彩音に近寄りながら言い返す。
「あんたも変なやつだね。人間、こんな顔をしていると親のこっちが恥をかくんだよ!」
髪の毛を鷲掴みで持ち上げようとする腕を、僕は無意識に掴んでいた。瞼をぐっと閉じる表情に、傷みが伝染する。
「離してください。そんなことをすれば誰だって痛いです」
僕の言葉でも髪を離さない母親の顔を見て、僕は指先に力が籠る。強く握りしめられた腕はゆっくりと指先から髪の毛がするりと落ちる。チッ、と舌打ちを鳴らし僕の腕は振り解かれた。
「あんたね、親子の関係に水を差すんじゃないよ!」
自然と眉間に皺が寄ってしまっていた。
「はっきりと親子というのなら、どうして彩音さんはこんなにも辛そうなんですか」
「子どもを持ったことのないあんたにはわからないでしょうね! 特にこんな真っ白い人間を持つ親の気持ちが!」
崩れた彩音が視界に入る。
「僕が彩音さんの親だとしたら、全力で幸せを願いますね」
母親が歯を噛み締めているのが見て取れた。そして彩音を見下ろすと腕を引っ張り、無理にでも連れ出そうとし始めた。
「ほら! さっさと家に……」
「私は!」
「彩音としてはどうしたいの?」
ナチュラルカラーの木製テーブルを見つめ、一拍置いて口を開いた。
「私は……もう会いたくない。今のままの生活でいい」
その一言で、僕は決心がついた。
「わかった。じゃあちゃんとその考えをお母さんに伝えよう。僕も一緒にいるから」
味のないような話を混えながら、そのときを待った。そして数十分後、インターホンのチャイムが部屋に響いた。ビクッと身体を震わせて驚く彩音に、浅く頷く。
深く呼吸を整え、廊下をゆっくりと歩き進める様は、お化け屋敷にいる人のようだった。ガチャリと鍵を回転させ、ドアノブを回すと勢いよく扉が引っ張られるように開いかれる。その勢いで、彩音は半歩外へ飛び出した。
「寒いんだからさっさと開けなさいよ!」
激怒する尖った声が辺りに響き渡り、僕は思わず唾を飲み込んだ。ズカズカと土足で踏み入る姿を見て、反射的に立ち上がってしまう。防衛本能のようなものだった。
「……誰? あんた」
鋭い口調は初対面である僕にも容赦なく掛けられる。細く針のような眉と冷たい視線、波打ったショートヘアの容姿にインパクトを感じる。部屋の中が外から入り込む冬の空気で入れ替わる。
「あんたもずっとそこに突っ立ってないでさっさとこっち来なさいよ!」
彩音は扉閉めると、母親の前へと歩み寄る。バチンと大きな音と共に、彩音は勢いよく倒れ込んだ。
「あんたがいない間、家のことは全部私がやってたのよ! 中学まで出させてやったのに金も払わず勝手に出ていきやがって恩知らずめ! 探偵まで雇って探した金もしっかり払いなさい!」
キーンとした高い声が耳の奥、頭の中で響く感覚だ。想像以上の罵倒に、足がすくむ。
「この汚いアルビノめ!」
その一言で、右足が一歩踏み出てくれた。倒れ込む彩音に寄り添い、手を貸した。あまりの勢いに立ちあがろうとすることもできそうにない。大丈夫? と言葉を掛けると小さく頷くだけだった。
「あんた誰? こいつの男か?」
見下ろした刺すような視線に、僕は曲げた膝を伸ばして立ち上がる。
「僕は彩音さんの友達です。彩音さんをそんな風に言うのはやめてください」
内心では怯えていた。他人の母親に歯向かうなど、したこともないからだ。母親は鼻でフッと笑い、腰を折って彩音の腕を引っ張る。
「友達? この子に友達なんてできるわけがない。あんた見たことないの? この真っ白で色のない顔」
真っ白な顔、その一言に僕は一つ思い出す。
「白は真っ白だから美しいんです。僕の大学の友達が言っていました。彩音さんは綺麗で、普通の人よりも素敵な女性です」
母親は僕を軽く突き飛ばして彩音に近寄りながら言い返す。
「あんたも変なやつだね。人間、こんな顔をしていると親のこっちが恥をかくんだよ!」
髪の毛を鷲掴みで持ち上げようとする腕を、僕は無意識に掴んでいた。瞼をぐっと閉じる表情に、傷みが伝染する。
「離してください。そんなことをすれば誰だって痛いです」
僕の言葉でも髪を離さない母親の顔を見て、僕は指先に力が籠る。強く握りしめられた腕はゆっくりと指先から髪の毛がするりと落ちる。チッ、と舌打ちを鳴らし僕の腕は振り解かれた。
「あんたね、親子の関係に水を差すんじゃないよ!」
自然と眉間に皺が寄ってしまっていた。
「はっきりと親子というのなら、どうして彩音さんはこんなにも辛そうなんですか」
「子どもを持ったことのないあんたにはわからないでしょうね! 特にこんな真っ白い人間を持つ親の気持ちが!」
崩れた彩音が視界に入る。
「僕が彩音さんの親だとしたら、全力で幸せを願いますね」
母親が歯を噛み締めているのが見て取れた。そして彩音を見下ろすと腕を引っ張り、無理にでも連れ出そうとし始めた。
「ほら! さっさと家に……」
「私は!」
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