四季を彩るアルビノへ

夜月 真

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二章 冬

黄色

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 火曜日の朝、床から込み上げてくるような冷気に動きを制限させられているようだった。ベッドから起き上がることに時間をかけ、ゆっくりと上半身を起こす。暖房の電源を入れて部屋全体を温める。まるで電子レンジの中に置かれた冷凍食品のような気分だ。
 コーヒーミルをぐるぐると回しながらお湯を沸かして、豆が砕かれ切ると沸騰するまで何もしない時間ができる。何にも追われていない、この時間がとても好きだ。
「今は……もう九時半か」
 ここの所、起床時間がだんだんと遅くなっていた。大学からの帰宅後、空いた時間に小説を書いて、バイトを辞めてしまったから節約のために自炊を増やしていた。家事の頻度が上がったことから、就寝時間が押されてしまう。

 沸いたお湯でコーヒーを淹れ、空中へ熱を漂わせるマグカップをテーブルに置いてカメラの充電やレンズに埃がないかを確認する。洗濯を終わらせ、お昼ご飯を作り、彩音の服を入れた袋を忘れないよう玄関に置いておく。
 午前中に買い物を済ませた後に冷凍のチャーハンを食べ終え、シンクにお皿を任せた後はもう約束の時間が僕を待っていた。いつもと同じ白のスニーカーを履いて、つま先を床で叩く。玄関の鍵を閉めて坂へ向かう。一分もしないで到着した道の先には、すでに見慣れた後ろ姿があった。
「久しぶり。……でもないか」
「貴方の足音、結構わかりやすいよね」
 下り坂の先を見下ろすように会話をしてくれる彩音は、どことなく笑っているように見えた。

「そうかな。……帽子、変えたんだね」
「うん、汚れちゃったし……この前貴方が言ってたこと、どこか納得しちゃって」
 僕が伝えた言葉のうち、どのことを指しているのかは、真っ白な帽子が代弁してくれているようだった。
「そっか。……今日はどこに行くかとか、決まってるの?」
 彩音は何も言わずに首をゆっくりと横に振った。
「じゃあ今日は、イルミネーションを見に行こう」
 坂道に引き寄せられていた顔が僕に向けられ、その表情は困惑しているように見える。嬉しそうには思えない。
「大丈夫だよ。安心して」
 良さそうな場所を事前に調べていた。厳密には、大学の友達に教えてもらっていた。不安そうに眉を顰めたまま、半信半疑で彩音とバス停へと向かう。

「忘れてるかもしれないけど、私、光はわかるけど色まではハッキリとわからないよ」
「大丈夫だから、嘘だと思ってついてきて」
 坂道を下った大通り沿いのバス停で僕らは時間を待った。クリスマスイブなだけあって、道が混雑している。車のエンジン音が歩行者の足音を掻き消し、風を残して過ぎ去っていく。会話も交えずにただ立っているだけだが、そこまで苦に思うことはなかった。数分してバスがウインカーをちらつかせながら歩道に寄り、停車した。ICカードで乗車し、バスの後方、右側の窓際に彩音を座らせて通路側に僕が腰を下ろした。
「とりあえず駅に行こう」
 ボブよりも少しだけ長いくらいの白い髪を僕に向け、窓越しに外を眺めたまま頷いた。
 十数分ほどでバスは駅のロータリーに入り込んだ。決められた場所に慣れた操作で停車して扉を開き、乗車している人たちは一斉に立ち上がる。隣の彩音は、何かを待っているように窓際へ頬杖をついたままだ。

「降りないの?」
「……いつも最後に降りてるんだ。その方が自分のペースで降りられるから」
 そっか、とだけ伝えて僕もリュックを膝の上に置いたまま、タイミングを測る。知らない人たちがほとんど降りきったのを確認して、僕らはようやく立ち上がった。電子決済の音を鳴らしながら地面に足をつき、改札側へ足を運ぶ。
 駅のホームには多くの人がいる。気のせいか、男女ふたり組や家族連れが多い。彩音の帽子は気づくとさっきよりも深く顔を隠していた。
「大丈夫?」
「うん、電車は慣れてるから」
 電車到着のアナウンスが流れ、空気を乱しながら電車がホームに滑り込んでくる。冷たい風が頬を刺すように刺激し、自然とマフラーに顎を沈めてしまう。横目で隣を確認すると、同じようにマフラーを使う姿があった。それを見て、口元が緩んでしまう。

 空気を吐くような音を漏らしながら開いた扉の奥から、多くの人が降り始める。僕らは道を開けて、ちょうど空いた二席で足を休める。言葉はないが、不思議と居心地の悪さも全くなかった。
 電車でおよそ一時間、僕らはとあるカフェに入店した。
「ここは……?」
 お店の看板に浮き出るCATの文字を見上げて彩音が尋ねる。
「猫カフェだよ。初めて?」
 太陽が隠れるまでの時間、この辺りで暇を潰すことにした。ここまでの時間で、何をしようかずっと考えていたのだ。そしてスマホで軽く調べ、ここを見つけたのだ。
「うん。こういったところ来たことないから。野良猫とか散歩中の犬以外で動物を見るの自体、初めてかもしれない」

 疑い深い話だが、全て本当のことなのだろう。正直驚きの気持ちもあり、訊いてみたいことがたくさんあるが、彩音のことを考えると深掘りするのも良くないことなのだろうと思う。
「そっか。ならよかった」
 僕らは六十分コースを選び、お金はほとんど僕が払うことにした。彩音の取り出した、側面が剥げ始めている財布を見て、そうした。扉を開けて中へ入ると、それぞれ個の強い猫がそこら中に姿を現した。僕の袖が掴まれる感覚がある。
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