四季を彩るアルビノへ

夜月 真

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一章 秋

榛色

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「こんなわけぇころがあっても、人ってもんは死ぬんや。老いて、死ぬ。だがコイツはその瞬間を残してくれるんや。シャッターを切ったときの季節、気温、湿度、ボタンを押す感覚まで覚えてらぁ」
 口を挟む隙もないほどに、その声は僕に強い存在感を持って浴びせられている。
「ワシが持っていてももう意味はないんや。それに言ったやろ、このカメラには魔法がかけられてるってな。それはあの人から言われたもんでなぁ……」
 縦皺と乾燥でカピカピとした唇が動きを止めた。
「……わかったよ。じゃあせめてSDカードだけは」
「それも、くれとるよ。幸助のもんや」
 未練のありそうな表情が、僕の胸をチクリと痛める。このSDカードの中身だけが長方形の形として現れていないことに、気掛かりがあるのだ。

「……そうだ、じゃあちょっと待ってて!」
 僕は最寄りのコンビニへと駆け込み、お祖父ちゃんを待たせること約十五分。SDカードから形を変えた思い出を手渡した。
 震えた手で受け取った何枚もの写真を全て確認し切るお祖父ちゃんは何度も、ありがとうな、と言って僕の胸のモヤモヤとした気持ちを消した。
「こうすれば、僕も使いやすいよ。お祖父ちゃん、ありがたく使わせてもらうね。……あと、もう一つ訊きたいことがあるんだ」
 僕はテーブルに置かれていたカメラにSDカードを挿入し、電源を入れ直した。僕らは再びカーペットの床に座り、テレビの音も忘れてカメラに夢中になった。

「この写真、見てみて」
 僕はカメラの画面から、先日撮影した彩音を写した風景を見せる。
「えらい白い人やなぁ。最近の子はこういうのが流行ってるんか?」
「違うんだ、この人は……そんなことより、この写真どんな風に見える? 特に色は?」
 お祖父ちゃんは顎髭を伸ばすように摩り、うーんと唸った後にもう一度口を開く。
「よう撮れとるで。自分で撮ったんか? バランスもばっちりや」
 その反応から、やはり彩音以外には特別な見え方はできないのだと確信する。僕はお祖父ちゃんにしか、この相談をできる人がいないと悟り、全てを話そうと決心した。
「実はこの人……色がわからないんだ」
 ゆっくりと顔を上げたお祖父ちゃんは困惑したような顔つきを浮かべている。動揺していると、見て取れる。そしてこのカメラで写真を撮って、色が一つわかるようになった話をした。

「……不思議なこともあるもんやな」
「不思議なことって?」
 お祖父ちゃんは居間の小棚からごそごそと物を掻き分けながら何かを探し始めた。
 あったぞこれや、と言って見せられたそれは錆びれていて薄汚く、僕には初めて目にするものだ。しかし手の平に乗せられた楕円形を作るように伸びた形のそれは、すぐに理解できた。
「……補聴器?」
「せや。これはあんたの祖母さんのもんや。もともとあの人は耳が全く聞こえんかったんや。これがあって、ようやく少し聞こえる程度や」
 僕の記憶には僅かにしかお祖母ちゃんの記憶が残っていない。それでも、普通に会話をしていたことだけは確かに覚えている。
「あの人の耳が聞こえるようになったのは、このカメラを買ってからや」
 黙る僕に、お祖父ちゃんは続ける。

「このカメラを買ったのは大体……二十年くらい前やな。幸助が産まれるちょっと前や。その日のことはよう覚えとる」
 僕は唾を飲み込んで、訊いてみる。
「耳が治ったきっかけは……何だったの?」
 お祖父ちゃんは僕の手元のカメラに、隠すように手を添えて答えてくれた。
「このカメラや。このカメラはワシしか使ったことがなかったんやが、あの人に一回だけ使わせてやったんや。ワシが後ろで手元を支えながら、旅先での絶景を共にメモリに残そうとしたんや。そこでこのカメラのシャッター音をきっかけに、どういったわけか音が聞こえるようになったんや」
「だからこのカメラには魔法がかかってるって、言ったんだね」
 お祖父ちゃんは深く一度だけ頷いた。

「このカメラ……どこで買ったの?」
 僕の質問に、顎に手を添えて考えてくれる。
「二十年以上も前のことやからなぁ、買ってからその店を訪ねたときにはもう潰れとったわ。それに店主もそんときゃあ随分と老人やったし、生きてるかどうかもわからん」
それもそうだと後から気が付いた。何十年も続くお店などそうそうない。
「しかしなぁ幸助、愛は大切にしぃ」
「愛?」

「いつかあんたにもわかるときがくるで」
 続けて言葉を掛けられる僕は、答えのわからない宿題を課せられたような気分だ。壁掛けの時計を見上げ、思っていたよりも長居してしまっとことに気づき帰りの支度を始める。何か食っていくかと、気を遣わせてしまった。大丈夫だよありがとう、そう言って僕は別れを告げる。
「気いつけて帰りや」
 ありがとうまた来るね、黄ばんだ勝手口の扉を開けてそれだけを伝えた。太陽が既に今日の役目を終えていたと気が付いたのは、扉を閉めて空の下に出るときだった。
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