四季を彩るアルビノへ

夜月 真

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一章 秋

浅葱鼠色

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 色を探そう、あんな言葉を使ったのは初めてだった。あれから丁度二週間が経過した。いつものように、唯一の友達と共にただ一方的に話される授業を聞き流し、古びたアパートへと帰宅した。
一階の横に設置されたポストを覗き込み、今日こそは、と心臓が何かを期待しているのを感じながら音を立ててポストを開ける。
 中からはチラシが数枚、顔をちらつかせているだけだった。いつになったら手紙は届くのだろうか。それとも、住所を悪用されているのかとすら考える。
 チラシの束を左手に持ち変え、玄関へ向かおうと一歩踏み出す。乾いた音を立てて地面に吸い込まれた手紙を、僕は拾い上げた。

 ここの住所だ。その柔らかな書体の持ち主が、名前を見ずとも理解できる。
 玄関から靴を足で捨てるように離し、ポツンと部屋の中心に配置したテーブルへ添えるように乗せた。思い出すように洗面台で手のひらを洗い、机の下に隠したリクライニング付きの座椅子を引いて腰を下ろす。
 空気の波を起こすように大きく息を漏らす。何が書かれているのか、全く見当がつかない。一呼吸おいて、僕はようやくアセロラの絵が描かれた封を開けた。二つ折りにされた紙が二枚、文字を隠すように畳まれ、僕は心臓の音が強くなっていることにも気づかずに目を向けた。

『何を書こうか数分悩んだ末に、窓越しの外で落ち葉が雨のように踊りながら降るのを見かけた。段々と寒くなってきたね。
 手紙を贈ると自分で言ったものの、いざペンを持つと、手が止まってしまう』
 時間をかけて文字に写したことが、若干縒れた紙の右半分が伝える。
『突然に貴方を怒ってしまったことはごめんなさい。貴方が眼科で私のことをずっと見ていたものだから、私自身、嫌な記憶を思い出してしまったの。私情を挟んでしまって本当に申し訳ない気持ちです。
 坂道を登った先で貴方と会ったのは偶然だった。眼科はいつもあそこに行っていたけれど、他の場所を知らないから、最後の散歩に、と思って出歩いて、あの夜景と貴方が現れた』

 読点の量に、この文にかけられた時間がわかる。ペン先が走っていた痕跡は、とても丁寧なもので、落ち着きの感情すらも込められたようだった。
 紙の下三行ほどを余らせて、文字は二枚目に続いている。
『色を探しに行こう、貴方の発言は楽観的だけれどどこか責任感のような重みがあった。灰色はいいろでしか見えない私に、どうやって色を見せてくれるのかわからないけれど、少しだけ楽しそうだと思った。
 そもそもモノクロというものが何なのかもわからない。私が見ている景色が正しくて、周りの人が見ているものが間違っているのかもしれないのに。その上、赤はどんなものか、青はどんなものかを訊くと、誰もちゃんとした答えはできない』

 書体が変化したような気がした。荒々しい気持ちを黒のインク越しにぶつけらている。
『だから貴方には言葉の責任を取ってもらいたいの。私に色を教えて欲しい。
 次の日曜日、午後一時に坂の上に来て欲しい。貴方の言う色を探すとは何なのか、楽しみにしてる』
 宛先しか書かれていない洋封筒には、ここまでで文字が終わっていた。返事をしようにも、送り先がわからず僕は手紙に従うしかなさそうだ。
 次の日曜日まであと二日、自分の発言の無責任さを痛感したくないあまりに、僕は残りの一日と半日で方法を探すしかなさそうだ。そしてたどり着いた記憶から、母のスマホを鳴らした。
「あ、母さん? 家に置いていったお祖父ちゃんから貰ったあれ、まだ捨ててない?」
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