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第五章其の二

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 ジルと、アーテ王女が席を探す。
「一番いい席は、なんといっても一番前のほうの席。魔術の閃光がびりびり体に響くわよ」
 まだ、試合が始まるには早い。あつまっている人は、本当に、ヘルショットが好きな人々。
 ジルとアーテ王女が一番前の席について、試合を待つと、午前九時。第一試合がはじまった。
「はじめにやるのは、どれも魔導師初心者のペーペーのものだけど、参考になるわよ、このあと、それに出ようという人は」
「?」
「あんたのことよ」
 アーテ王女が見ていると、試合がはじまった。
「ヘルショットの試合は、真四角の武舞台で行なわれる。場外に出たり、逃げ腰になったら、その時点で負け。もちろん相手を殺してもね。だけど心配しなくても大丈夫。それほどの試合にならないうちは、相手が魔術に当たって死ぬなんてことは、まずないといえるから。問題は、相手の魔術を食らうこと。みて、場内に人がいるでしょう? あれは審判で、試合のヒットポイントを計算しているから、できるだけ、相手の攻撃をさけて、相手に攻撃するコツを手に入れること、それが重要になってくるわ。ちなみに、ヒットポイントは、全選手共通で五ポイント」
「・・・・・・・・・・・・」
 アーテ王女が試合を見ていると、いつの間にか、試合は決着がついていた。
 一人が炎を何個かあてて、そうして氷のほうが、それを防ぎ、氷で反撃しようとしていると、話はすでに終わっていた。
「なかなかの使い手よ、あいつ。あの炎。きっとこのあと、ずっと大きな試合に勝ち上がるわ」
 そういっていると、本当に、そうなる様子であった。
 何試合かあと、再び出てきた、あの炎男、また、二回戦にもかかわらず、またあっさりと試合を仕上げた。
「うん、強いね、どうだいデイスナー、ご感想は?」
 デイスナー?
「いったじゃない。三種類以上の魔術を扱う能力者のこと。あんただよ」
 それがそんなにすごいの?
「見てごらんよ、対戦表」
 と、ジルはいつの間に手に入れたのか、試合のカードがかかれた紙をもっていた。そこに、対戦者が得意とする魔術の項目がある。
「もちろん、中には、相手の出方をみて、自分の使える魔術を隠している人もいるようだけど、どうだい? デイスナーなんて、一人もいないだろう? もちろん、いったように、自分からデイスナーを名乗るには、勇気がいるけれど、相手だって、必死になってくるだろうし、何より自身の手の内を見せることにつながる。ちなみに二種類の魔術を使う人のことをダブリンという」
 ジル詳しい。
 アーテ王女が感心していると。
「ほら、しっかり魔術を見なさい。どういうだし方をしていて、どういう使い方をしているか、あんた、このあと本当に、あそこに立つんだよ」
 試合が進むにつれて、観戦者数は増加していった。
 ジルとアーテ王女はお弁当を広げ、試合の内容と、選手の得意な魔術に注意した。
 アーテ王女が気がついたのは、すぐに魔術を出現させることが出来る場合と、何やら口の中でごもごもしたあとでなければ発せない魔術があるということだった。
「難しい、威力が大きな魔術ほど、演唱時間が長くなる。しょうがないことね。だけど、それをどれだけ早口で言うかが、よい魔導師と悪い魔導師を分ける基準かな? すごい人になると、普通は演唱時間がかかる魔術も、念じただけで、出せちゃったりするんだよ」
 アーテ王女は指先をそっと突き出して、念じた、いかづち来い。

 びりびりびり。

 アーテ王女はデイスナーを目指すことにした。
 見ていると、試合も終盤、おおとりにはいった。
 気がつくと、観客席は超満員、すさまじい歓声に包まれていていた。
 強力な魔導師同士の戦い。
 すさまじい熱気、気迫。
 アーテ王女が見ていると巨大な炎が魔導師の手から上がる。
 それを氷の壁で防ぐ。
 すさまじい、試合は接戦だった。
「このクラスになると、すでに全国級ねもう、上の舞台に上がっても、いいところまでいくレベルよ。もちろん、こっちだって、捨てたもんじゃないけど」
 試合が終わった。
 帰路。
「どうだった? 白熱のヘルショット。面白かった? あんたにもやれそう?」
 わからない。
 とにかくまずは、自分にどれだけのちからがあるのか試してみないとならない。
「そうね、率直な感想ねそれがいいわ、あんたにあっている。まずは訓練、そうして謙虚、それがないと、何も始まらないわ」
 列車内。
「それはそうと、東の森にはいついくの? あたしはついてってあげたいけど無理、あんた一人のたびになるわ。なんたってあたしは第三身分。奈落の世界の住人、外にでることが出来る人間ではありません」
 しかし、ジルは明るい。
 ねえ、ジル、どうしてあなたはそんなに明るいの?
「おかしい? あたしが明るいと、それとも、何かの囚われになったように、暗い顔をして、不健康そうな歩き方をしていたらいいかしら」
 いえ。何か、あなた人間らしいから。
 この国にきて、出会った同世代の若者はみんな、何か、ゾンビみたいでいけなかった。
「そうね、それが、『奇跡を行う国』なのよ。ここではみんな死んだようにしか、いきてはいけないの、そういう決まりが作られたのよ、人間らしいものを、地獄に落とせ、そうして出来たのが、この奈落の世界。確かに上の世界はこっちよりもきれいだし、いやな、排水溝のにおいもしないけど、あたしはこっちが好き、だって、あなたが言うように、人間らしいじゃない、おいしいものを食べたらそれがおいしいといえる、かなしいことがあったら、それを悲しいといえる、上にいたら、何があっても、まるで、歯医者の痛みをこらえるように、黙っていなくてはならない、あたしはそんな生活が嫌いで、この、奈落の世界に落ちたのよ」
 ジルには、家族はいないのだろうか。
 ほかに兄弟は?
 しかし、それをきくこととは、はばかられた。
 アーテ王女がきくにはあまりにも、荷が重いおもいがしたからである。
 アーテ王女が黙っていると、
「明日から、特訓始めましょうか? あなたのはれて大舞台に上がる日を夢見て」
 そうね。
 アーテ王女はいった。
「それじゃあ今夜はおいしいものでも食べましょうか」
 そうね。
 アーテ王女はいった。
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