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第三章其の一 『奇跡を行う国』のアーテ王女
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『奇跡を行う国』のアーテ王女
魚、野菜、魚、野菜。
米。
お湯。
アーテ王女の日々は、それらとの格闘として、過ぎていった。
アーテ王女が来てからというもの、ここ数日、どこからうわさを聞いてきたのか、アーテ王女をたずねるもの現れていた。
アーテ王女の評判が、どういう経路をたどったのか、またどういう話か、上がっていくと、それにともなって、アーテ王女をおとずれる人の波は、日に日に増えていった。
アーテ王女は、そうした人々と話をし、そうして日々をすごしていった。
魚、野菜、魚、野菜。
特にアーテ王女に対してなされた質問は、もちろんロック哲学の経済学性はもとより、ボッブス哲学の普遍性など、いろいろあったが、
「あなたはこの世界を革命しに来たんですか」
という質問が多かったようである。
もっとも、それにはアーテ王女もどう答えてよいのかわからず、話をはぐらかすことが多かった。何より、わからない。
確かにそうはいわれているが、しかしそれは夢で見たような話。本当のところはどうだかわからない。
アーテ王女が答えると、質問者は、まるで雲でもつかむような気分で帰っていただろう。アーテ王女はそうした質問をした人には悪いことをしたとはおもったが、しかし、しょうがなかっただろう。わたしは知らない。これが、アーテ王女がおもった素直な答えであった。
しかし、そんな質問の返答にもかかわらず、アーテ王女の評判は、日に日に上がっていった。それは、アーテ王女の教養の深さに由来するものであって、また、アーテ王女の神秘さによるものであった。
この時点でアーテ王女はひとつの神秘であった。
遠い異国からやってきた、ちいさな女の子。
旅人。
奈落の町の人々は、アーテ王女をまさに、王女同然に扱い、知らないにもかかわらず、アーテ王女を王侯と呼ぶものさえいた。アーテ王女には、それにふさわしい気品があったからである。その気品は、一丁一石でかなうものではない。きっと、どこかの国で、まさか王女ではないにしても、王女と一緒に生活した侍女である、という話につながった。
アーテ王女は、別にどちらでもいい、自分は自分、それ以外のものではありえない。というのが、アーテ王女の基本的なスタンスだった。
アーテ王女の一日。
それは、実に規則正しいものだった(それは、アーテ王女がバンズの町で、村長の家に逗留していたころからそうだったが)。
アーテ王女は朝、きっかり六時に起きた。
そうして日課のふとん干し、お湯炊き、顔を洗い、時には洗髪。
そうしておいて、七時を回ったころには、朝食をとることにしていた。
それから、食事のあと片付け。
その後、午後まで勉強。
アーテ王女がこのころ学んでいた科目は、語学。『奇跡を行う国』の言語だった。
教科書は、ジルのうちで借りたものを使用し、辞書は、遠くの町のほうから取り寄せた。
教師は、ジルに頼むこともあったし、独学することもあった。
どちらかというと、アーテ王女が独学するほうが、多かったようである。
午後、接客。
来訪したお客を、自室の畳でもてなした(村長のうちにいたころと同じく、アーテ王女はこのころ、来訪するお客には、午後に来てもらうことにしていた)。
午後、お客がないときにはそのまま語学の勉強を続けた。
アーテ王女の日常は、こともなく過ぎていき、いつのころからか、『奇跡を行う国』の新聞を、辞書なしでも読めるようになっていた。
そのころのことである。
アーテ王女がいつものように、午前中を過ごし、午後の来客に備えて、身支度を整えていると、なんと、一番にやってきたのは町長であった。
アーテ王女がどうしたのかと、おもっていると、町長は、
「上のほうに問い合わせていた件だが」
と、本当に、町長は実際に指で上のほうを指差して、
「返答がやっとあった。会いたいそうだ。どうも、あんたのうわさが上のほう」
と、再び上のほうを指差して、
「上のほうにまで流れているようだ、あんた、いったい何ものなんだい? 何でもあんたは王族であるという話まである。いったい何が本当で何がうそなんだ?」
アーテ王女は答えた。今までのいきさつである。わたしは長橋国という小さな国の王女だった。ひょんないきさつから、鏡の港について、そこから船に乗り込んだ。船で、バンズの港まで行って、そこでは王女として扱われた。郡の役人にも確認を取ってもらって、その様子は中央政府にも響いているらしい。わたしがここに来たのは、中央政府からの何のお触れもないからであって、ジルにつれてこられたのは単なる偶然。偶然といえばアーテ王女と呼ばれているのも偶然のようなものだが、その偶然とそれとは話が違う(アーテ王女が王女になったいきさつについては詳述しない)。
「なるほど。あんたに豊富な知識があることは、その話を聞けば一目瞭然だ。きっと君のいう長橋国ではいい家庭教師についたのだろう」
「違います」
家庭教師についた覚えは一度もない。
ほとんど自身で勉強した。
「本当かい? 何を馬鹿なことを、王女が一人で勉強するもんかい。きっと君はいい家庭教師と、いい図書館に恵まれたんだ」
図書館には恵まれたが、本当に一人で勉強した。
「そうか、やはりいい家庭教師に恵まれたのか、そうかそうか」
「・・・・・・・・・・・・」
「で、それはそうと。あんたに話だけど、どうやら上の」
と、また、町長は上を指差して、
「世界の連中は、あんたとあって話がしたいそうだ。あんたが本当に奇跡を起こせる人間かどうか、実験したいそうだから、いや、日和については追って連絡するそうだから、そのつもりでいてくれるようにと、上から」
と、町長は実際にまたまた上を指差して、
「連絡があった」
そうですか。
アーテ王女はごく落ち着いていった。
かしこまりました。
その日を楽しみにしていると、いっておいてください。
「わかったよ、あんたみたいなのが、奈落の世界の住人で、わたしは実に鼻が高いよ、本当」
町長はさっていった。
アーテ王女は待つ。
いつ、上からの話があるのだろうか。
* * *
魚、野菜、魚、野菜。
米。
お湯。
アーテ王女の日々は、それらとの格闘として、過ぎていった。
アーテ王女が来てからというもの、ここ数日、どこからうわさを聞いてきたのか、アーテ王女をたずねるもの現れていた。
アーテ王女の評判が、どういう経路をたどったのか、またどういう話か、上がっていくと、それにともなって、アーテ王女をおとずれる人の波は、日に日に増えていった。
アーテ王女は、そうした人々と話をし、そうして日々をすごしていった。
魚、野菜、魚、野菜。
特にアーテ王女に対してなされた質問は、もちろんロック哲学の経済学性はもとより、ボッブス哲学の普遍性など、いろいろあったが、
「あなたはこの世界を革命しに来たんですか」
という質問が多かったようである。
もっとも、それにはアーテ王女もどう答えてよいのかわからず、話をはぐらかすことが多かった。何より、わからない。
確かにそうはいわれているが、しかしそれは夢で見たような話。本当のところはどうだかわからない。
アーテ王女が答えると、質問者は、まるで雲でもつかむような気分で帰っていただろう。アーテ王女はそうした質問をした人には悪いことをしたとはおもったが、しかし、しょうがなかっただろう。わたしは知らない。これが、アーテ王女がおもった素直な答えであった。
しかし、そんな質問の返答にもかかわらず、アーテ王女の評判は、日に日に上がっていった。それは、アーテ王女の教養の深さに由来するものであって、また、アーテ王女の神秘さによるものであった。
この時点でアーテ王女はひとつの神秘であった。
遠い異国からやってきた、ちいさな女の子。
旅人。
奈落の町の人々は、アーテ王女をまさに、王女同然に扱い、知らないにもかかわらず、アーテ王女を王侯と呼ぶものさえいた。アーテ王女には、それにふさわしい気品があったからである。その気品は、一丁一石でかなうものではない。きっと、どこかの国で、まさか王女ではないにしても、王女と一緒に生活した侍女である、という話につながった。
アーテ王女は、別にどちらでもいい、自分は自分、それ以外のものではありえない。というのが、アーテ王女の基本的なスタンスだった。
アーテ王女の一日。
それは、実に規則正しいものだった(それは、アーテ王女がバンズの町で、村長の家に逗留していたころからそうだったが)。
アーテ王女は朝、きっかり六時に起きた。
そうして日課のふとん干し、お湯炊き、顔を洗い、時には洗髪。
そうしておいて、七時を回ったころには、朝食をとることにしていた。
それから、食事のあと片付け。
その後、午後まで勉強。
アーテ王女がこのころ学んでいた科目は、語学。『奇跡を行う国』の言語だった。
教科書は、ジルのうちで借りたものを使用し、辞書は、遠くの町のほうから取り寄せた。
教師は、ジルに頼むこともあったし、独学することもあった。
どちらかというと、アーテ王女が独学するほうが、多かったようである。
午後、接客。
来訪したお客を、自室の畳でもてなした(村長のうちにいたころと同じく、アーテ王女はこのころ、来訪するお客には、午後に来てもらうことにしていた)。
午後、お客がないときにはそのまま語学の勉強を続けた。
アーテ王女の日常は、こともなく過ぎていき、いつのころからか、『奇跡を行う国』の新聞を、辞書なしでも読めるようになっていた。
そのころのことである。
アーテ王女がいつものように、午前中を過ごし、午後の来客に備えて、身支度を整えていると、なんと、一番にやってきたのは町長であった。
アーテ王女がどうしたのかと、おもっていると、町長は、
「上のほうに問い合わせていた件だが」
と、本当に、町長は実際に指で上のほうを指差して、
「返答がやっとあった。会いたいそうだ。どうも、あんたのうわさが上のほう」
と、再び上のほうを指差して、
「上のほうにまで流れているようだ、あんた、いったい何ものなんだい? 何でもあんたは王族であるという話まである。いったい何が本当で何がうそなんだ?」
アーテ王女は答えた。今までのいきさつである。わたしは長橋国という小さな国の王女だった。ひょんないきさつから、鏡の港について、そこから船に乗り込んだ。船で、バンズの港まで行って、そこでは王女として扱われた。郡の役人にも確認を取ってもらって、その様子は中央政府にも響いているらしい。わたしがここに来たのは、中央政府からの何のお触れもないからであって、ジルにつれてこられたのは単なる偶然。偶然といえばアーテ王女と呼ばれているのも偶然のようなものだが、その偶然とそれとは話が違う(アーテ王女が王女になったいきさつについては詳述しない)。
「なるほど。あんたに豊富な知識があることは、その話を聞けば一目瞭然だ。きっと君のいう長橋国ではいい家庭教師についたのだろう」
「違います」
家庭教師についた覚えは一度もない。
ほとんど自身で勉強した。
「本当かい? 何を馬鹿なことを、王女が一人で勉強するもんかい。きっと君はいい家庭教師と、いい図書館に恵まれたんだ」
図書館には恵まれたが、本当に一人で勉強した。
「そうか、やはりいい家庭教師に恵まれたのか、そうかそうか」
「・・・・・・・・・・・・」
「で、それはそうと。あんたに話だけど、どうやら上の」
と、また、町長は上を指差して、
「世界の連中は、あんたとあって話がしたいそうだ。あんたが本当に奇跡を起こせる人間かどうか、実験したいそうだから、いや、日和については追って連絡するそうだから、そのつもりでいてくれるようにと、上から」
と、町長は実際にまたまた上を指差して、
「連絡があった」
そうですか。
アーテ王女はごく落ち着いていった。
かしこまりました。
その日を楽しみにしていると、いっておいてください。
「わかったよ、あんたみたいなのが、奈落の世界の住人で、わたしは実に鼻が高いよ、本当」
町長はさっていった。
アーテ王女は待つ。
いつ、上からの話があるのだろうか。
* * *
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