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第四部第一章 目的地

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「もうしばらくの発車となります。ただいま目的地に向かわれます方は、ご乗車になってお待ちください」

「そろそろの出発の様子だね、ときにあんた」と、ウサギは話をきった。「花火大会は見たかね? 今、バンズの町では夏祭りの最終日、この夏の最後を飾る、大花火大会をおこなっているだろう? あんたも見逃す手はないよ、見ておいたほうがいいんじゃないか?」
 アーテ王女は答えた。「途中までは見ました。しかし、列車の時間があるので、あとのほうは見ることは出来ませんでした」
「そうか、あんた、そんなにも、『奇跡を行う国』、つまり、『オケストラバーグ』に行きたいんだね、この夏の祭典を見逃してでも、いきたいと、そういうことか」
「?」
「『奇跡を行う国』に、今までも何人もの者が気をひきつけられ、そうして何人もの者が、・・・・・・へと、落とされた。あんた、どうするつもりだね、・・・・・・へ、落ちたいと、そういうわけかい? あんたのような、向こう見ずは、初めてだ、なんの用意もなく、『奇跡を行う国』と対決しようとは」
「・・・・・・・・・・・・」
「おいおいウサギ」と、小人の商人が、話をきった。「なにをはやったことをいっているんだ、まさか、こんなちいさな女の子、もっとも、身長ではわしよりも大きいが・・・・・・が、『奇跡を行う国』と対決しようなんて、考えるわけはない。あんた、気をはやらせすぎだよ。ただの観光旅行かも知れないじゃないか」
「おお、そうか、そうか、それは失礼した」と、ウサギが、あまたをかいて、「あんた、ただの観光で、『奇跡を行う国』に行くのかね。そうか、わしはまたてっきりあんたが、周囲の人間におだてられて、そうして『奇跡を行う国』の『魔界』と対決しに、『奇跡を行う国』に乗り込もうとしているのだと、ばっかりおもっていた。違うのかい?ただの観光? いや、しかし」と、ウサギは話を切った。
「魔界?」アーテ王女。
「しかし、そう、観光、観光とっても、『奇跡を行う国』に、そんなに見るべきところなんてあったかな?」
「なにをいっているんだ」と、小人の商人が声を荒げた。「『奇跡を行う国』といえば、五千年にわたる歴史を持っている都市国家だ。見るところなんて、探さなくてもあるもんだよ、たとえば町の景観ひとつとってみても、他の都市に引けをとらない構造になっている。あんた、そんなことも知らないで、『奇跡を行う国』を旅していたのかね、法律で規定されてさえいるんだよ。知らないのか? 景観保存法案。つい、三千年前に、可決した法案ではないか」
「そうだったかな、あたし、そんな話始めて聞いたよ、では、こういうことかい?」と、ウサギが、いった。「町の国立合同庁舎ひとつとってみても、見るべき価値があると」
「そうさ」と、小人の商人が、勇んでいった。「それ以外にも、いろいろある、中央公園、国立合衆国大学、憩いの泉、大聖堂、その他数を数えればきりがないよ」
「いやあ」と、ウサギが、また、頭をかいた。「わたしは『奇跡を行う国』に、何の目的もなく、いくんだったら、それを破壊しに行くしかないと、そのようにおもっていたよ。違うのかい。観光? あんた、観光しに、『奇跡を行う国』にいくのかね」
 すると、二人とも、ぴたりと黙って、アーテ王女の答えを待つ様子であった。
「あんた、なんの目的があって、『奇跡を行う国』に行くんだい? もしかして、なんの目的もなく、いくとか、いうんじゃないんだろう?」
 二人はぴたりと黙って、アーテ王女の答えを待つ様子であった。
 観光?
 観光で、『奇跡を行う国』にいく?
 そうではない気が、アーテ王女にはしていた。
 何か、旅行気分でその町を目指すのではない。
 自分には、それ以外の目的があって、その場所を目指す。
 しかし、どう答えたらいいのだろう。
 そういえばと、アーテ王女はおもった。
 自分はなにをしに、『奇跡を行う国』にいくんだろう。
 いや、使命である。
 しかし、アーテ王女はその使命が、いついかなる形でアーテ王女の前に姿を見せるのか、知らなかった。
 そのため、アーテ王女は自身がなにをしに、『奇跡を行う国』にいくのか、はっきりと答えることができなかった。
 アーテ王女が答えに窮していると、
「そうか」と、小人が、いった。「あんた、勉強をしに、『奇跡を行う国』にいくんじゃないだろうか。そうだ、そうに違いない、きっとあんたは学校に通うために、『奇跡を行う国』にいくんだ」
「なんだ、そうか」と、ウサギは、納得していった。「あんた、ものをしらなすぎて、そうして何なりを学ぶために、『奇跡を行う国』にいくんだ、そうか、では、あんた、読めないだね、『奇跡を行う国』で公用されている文字が、そうか、だから、あんたは、『奇跡を行う国』で勉強するんだ」
 アーテ王女は二人に話を合わせることにした。
 うそではない。
 学ぶ。
 それは、アーテ王女の目的のひとつに入っていた。
 問題は、その方法に過ぎない。
 アーテ王女がその様に答えると、
「そうかそうか」ウサギがいった。「学生か、あんた。なんだ、わたしはまたてっきりおまえさんが、何度も言うが、『奇跡を行う国』の破壊を目的として、そこに乗り込むのかと、そのようにおもったよ。それがそうではない、そうか、そうか」
「ところで」
 と、小人が
「あんた、もう、どこかの大学に通う手はずは整っているのかね? まさか、何の準備もなしに、『奇跡を行う国』の大学に通うことはできないだろう」
 しかし、ウサギが、「なにをいっているんだ、小人の商人。学ぶなんてことは、所詮は自分ひとりでするもんだ、誰かに教えてもらおうなんて、そんな横着をしてはならない。『奇跡を行う国』にはあるだろう。『奇跡を行う国』国立図書館、そういうところで持って、人は学ぶんだよ」
 しかし、小人は、「でも、それではなかなか勉強は進まないものだよ、やはり、初学者は、特にあんたのようなちいさな女の子は、先生の指導を仰いで、勉強に専念すべきだと、わたしはおもうよ、あんた、自分で勉強できるのかね。語学もやらなくちゃならないんだよできるのかい? あんたに、語学の勉強、いや、勉強といったら、最後はなんといっても語学教養だそれがないと、真の教養は得られない・・・・・・」
 アーテ王女が黙っていると、
「破壊、破壊」と、ウサギが、「ところであんた気がついた? わたしらのパーティーに、かかしがいないこと」
「?」
 それにはアーテ王女も気がついていた。かかしがいない。
 それは、アーテ王女は、ウサギたちが入ってきたときから、気がついていたことである。しかし、それは、アーテ王女は、かかしと、ウサギとは、行動がべつだから、一緒にいないのだろうと、おもっていたことだった。
 それが、何か重大な意味でも含んでいるのだろうか?
 アーテ王女が黙っていると、
「あんた、知っているかね、かかしが出くわした、悲壮な出来事に・・・・・・」
「?」
「つかまっとるよ、かかしは警吏に」
「?」
「あいつ昔から、といっても、わたしらがあいつとであったのは、あんたと船で知り合ったときで、しかも、初めて話をしたのは、あんたと船の中で話をしたときだから、あんたと、わたしとで、かかしに対する知識を比べると、あんたとは比較にならないほどの問題なんだけどね、それより後も、すぐにわかれたしね、だからわたしらは、あんたほどにしか、かかしについては知らないんだけど、あのあと、すぐに、かかしとは別れたから、いや、本当に、かかしについてはよく知らないんだけど、いや、よく知っていたと、そのようにしておくよ、そのほうが、話をするのにも都合がいいし、なにより、わたしの話にも、信憑性が生まれるだろう?」
 そういういうと、ウサギは話を少し切った。
 しかし、アーテ王女がウサギの様子を見ていると、少しどころか、ウサギは、話をそれ以上続ける気はないらしかった。
 アーテ王女がウサギの様子を見ていると、なんとウサギは寝転がったまま、そのままいびきをかき始めたのである。
「おい」といったのは、小人である。
 小人の商人はウサギのベッドを上から覗き込んで、「おいおい、ウサギ」
 それでも反応を示さないウサギに、小人の商人は、「なにを途中で寝ているんだね、ウサギ」
 すると、小人の商人は、一人で何とか二段ベッドのはしごを降りて、ウサギの上にとび乗ると、
「おきろ、おきろ、ウサギ」
 と、ウサギの上でぴょんぴょんはね始めた。
 なにをしているだろう。アーテ王女が呆然として、二人の様子を見ていると、
「なんだね、騒がしい」
 ウサギがおきた。
「なんだねじゃないよ」と、小人の商人が、いった。「いきなり話の途中で眠るやつがあるか、あんたが話をしていたんだぞ。それなのに、その話を途中で切って寝ちまうやつがあるか」
「はなし?」と、ウサギは眠たそうに、いった。「なんだ、またわたしはアーテさんが、退屈で眠たそうにしているのかとおもったよ、それだから、わたしは、アーテさんが眠る前に、ねむってしまったとそういうわけさ」
 すると小人の商人が、「馬鹿ないったいそうだから、あんたはうすのろいつまでも亀に勝てないウサギののろ足というわけだ。わたしは見ていたよ、アーテさんを、アーテさんは、何も眠たそうになんかしていないで、あんたの話に耳を済ませていた、それなのに、いったいあんたはどういう了見だ。事実はこうだろう。あんたはねむかった、それだから、眠るタイミングをはかっていた、しかし、話がどうも長くなりそうだったから、勝手に、理由をつけて、ねむってしまったと、そういういうわけだ。いかんよ、自己の理論を展開してしまっては、何も知らないアーテさんが、ほうら、びっくりしているではないか」
 ウサギがいった。
「そうか、それはすまないことをした、何、連日の激務でね、わたしゃ眠くって眠くって、しょうがなかったんだ、告白しよう。わたしはねむたかった。それだから、途中で話を切って、眠ってしまったとそういうわけさ・・・・・・どういう話だったけ」
 と、再び、一人で、何とか上のベッドに登った小人は、「なにを馬鹿な、かかしはどうなったのかね」
「そうそう、かかし」とウサギが、突然思い出したように、いった。「やつは知りるぎちまったのさ。知らなくてもいことまで、だから、あんなことになったんだよ、ああ、恐ろしい、もしも、それがわたしの身に起きたら、わたしはきっと心臓停止でも起こして死んでしまうよ」
 知りすぎた?
 知らなくてもいいことまで?
「あの」アーテ王女がいった。「どういうことなんでしょうか」
「いや、もしも、十分な準備をもってして、知らなくてもいいことを知りすぎるなら、それはそれでいい、だけど、何の準備もなくて、知ってはいけないことを知りすぎてはいけない、そういうことだ」
「?」
 分らない。
 知りすぎた?
 なにを?
「それはそうと、あんたヘルショット知っているかね、魔導師の祭典、ヘルショット。今、『奇跡を行う国』とりわけ『オケストラバーグ』では、それが最高の盛り上がりを見せている、どこへ行ってもそうさ、いまやヘルショットの余波を受け取れないところはない。あんたもそれを見に、『奇跡を行う国』に行くんだろう? わたしらも、商売のかたわら、遊び心というものを忘れてはいない。ヘルショットを観戦するつもりだよ、あんた、見るのかい? ヘルショット」
「まあ、待ちなよ、ウサギ」と、小人の商人が、話をまとめた。「この子は『奇跡を行う国』の初心者だとおもうよ、何しろ、わたしらが、初めて会ったとき、この子は自身がどこから来たのか答えることができなかった。きっと、この子は『奇跡を行う国』だけじゃない、地球そのものに関しても、初心者なんだ」
「そうか」と、ウサギが、納得した。「あんた、何も知らずに『奇跡を行う国』にきて、また、いくつもりかね、勉強? それを、考えても、それには、無理がある。それは無茶だ、どうにもあんたは無茶なことが好きらしい。あんたはどこか、そう、かかしに似ているところがある、そのために、わたしは心配だ。もしかしたら、あんた、奈落の世界に落とされてしまいそうだ、それが心配でならない」
「?」
「奈落の世界って、なに? てえ顔かい? なんだ、やっぱりそんなことも知らないのかい。いいだろう。何か、質問してごらん、何でも、聞いたことに、わたしがこたえられる範囲で答えてあげよう」
 アーテ王女はそういわれ、ためらいながらも質問をすることにした。
 アーテ王女がためらったのは、質問が、あまりにとっぴになりそうだったからである。

(「気をつけることだ、この、『奇跡を行う国』では、発言のひとつひとつ、行動のひとつひとつが、厳しい管制下にある。もしもお前がとっぴな質問をしようものなら、誰もが常に警吏になる可能性を秘めていることに注意することだ」)

「・・・・・・・・・・・・」
 アーテ王女が黙っていると、
「どうしたんだね、質問は、しなくてもいいのかね」
 この世界では、発言のひとつひとつ、行動のひとつひとつが厳しい管制下にある。
 まさか・・・・・・。
 かかしを捕まえた警吏って、この人たちのこと?
 ウサギや、小人の商人が、物事をしりすぎたかかしを捕まえた・・・・・・。
 アーテ王女はそうおもうと、恐ろしくて恐ろしくて、言葉を発することを忘れた。
「さあ、どうしたね」かかし。
 促され。
 アーテ王女は仕方なく、質問した。
 聞きたいことは山ほどあった。
『叡智を行なう竜』のこと。『何も映さざるかがみ』のこと。『奈落の世界』とは、いったいどんな世界?
 しかし、それらの質問の数々は、まるで、のどの奥につっかかった魚の骨のように、アーテ王女の口には出てくることがなく。
 敵である。
 ただ、ウサギや、小人の商人が、敵であると、アーテ王女にはおもわれた。
 アーテ王女が馬鹿な質問をして、そうして警吏と化し、アーテ王女を捕まえることを待つ、敵である。
 アーテ王女は質問した。
「『奇跡を行う国』までは、何駅?」
 するとウサギは、あきれたように、「やっぱり、この子は何も知らないんだ。『奇跡を行う国』まで、バンズの港町から何駅なんてことすら、この子は知らない」
 すると、小人の商人が、「なにを馬鹿なことをいっているんだ。そんなの、わたしだって知らないよ、そういうことをいうやつのことを、物知り博士というんだよ、知らなくたっていい。ここから『奇跡を行う国』までの間に何駅があるかなんてこと。なんたって、あんただって知らないだろう。各駅停車で何駅あるか、なんて」
 すると、ウサギが、「そういうものかね、そういえば、わたしは急行であっても、何駅あるのか知らないよ」
「だろう? この子はしっかりと、ものをわきまえた子供だよ。わたしより背は幾分大きいが、ただ少し、この世界になれていないだけさ」
「そうか、じゃあ、ほかの質問に移ろう、何かあるかね」
 アーテ王女は小人の援護に少し安心して、「ヘルショットとは?」
「魔導師の祭典から生まれた、競技大会の総称さ。『奇跡を行う国』にいる魔導師たちが、自身の魔導師としてもプライドをかけて、戦いあう。激しい魔術を使ってね」
「それはそうと」と、小人の商人が、いった。「あんた、魔術は使えるのかね? もしも魔術が使えるのなら、その大会に出て、自身の持っている力を思う存分発揮するといい。どうだい? あんた、魔術はつかえるのかい?」
 しかし、アーテ王女はその質問に即答することができなかった。
 アーテ王女には魔術というものの正体がわからなかった。
 魔術とは?
 それも、ここでいう。
「氷を出したり、炎をだしたり、自然治癒力を発揮させて、傷を治したりする能力のことだよ」
 できない。
 アーテ王女は今までに魔術などというものを使ったことはなかった。
 アーテ王女はしかし、自身にそんな質問をしたものがいたことすらないことにきがついて、
「やってみるということかい? いいだろう。見届けよう、あんたが果たして魔導師かどうか」
 ウサギがいった。
「・・・・・・・・・・・・」
「いいね」と、小人の商人が、「もしもあんたが知らないと困るから、いっておくけど、魔術を使うには、念じるんだ、おもうがままに、いや、わたしは魔術を使える人間ではないからよくはわからないが、商人の中には、時々魔導師上がりのものなんかがいたりしてね、時々魔術を使うことがあるんだよ、そうした人々から聞いたことさ、念じる、おもうがままに」
 アーテ王女はどういうことか、いまいちよくわからなかったが、小人の言にしたがって、目を閉じると、おもうがままに念じた。すると。
「やあ、すごい」
「これはあんた、魔導師ではないか」
 アーテ王女が目を開けると、そこには不思議な氷の塊が出現していた。
 空中に浮かんだ、氷の塊。
 見ると、微妙に回転している。
 自分がだしたのであろうか?
 ほかに、だしたらしい人はいなかったから、そのようだった。
 いつの間に、自身はその能力を手に入れたのだろうか?
 それはわからなかったが、どうやらアーテ王女は魔術師の能力を持っているらしかった(結果を言うと、鏡である。アーテ王女は巨竜から授かった、『何も映さざるかがみ』の力によって、魔術能力を授かったのである。このとき、アーテ王女が巨竜からさずかった『何も映さざるかがみ』は、まばゆい光を発していた。しかし、このとき、鏡は、アーテ王女の荷物の中に埋れていて、その存在を表に現すことはなかったし、そのためアーテ王女にもそれはわからなかった)。
「あんた、こんなちいさな女の子で、これだけの魔術が使えるとは」
「あんた、天才だ、天才魔導師だ」
 天才魔導師?
 アーテ王女が気を別のものに移すと、氷のかたまりがいきなり床に落ちて、砕けた。氷が解ける。
 アーテ王女が天才魔導師であることが判明したころ、列車は発進した。

 きき、画短。
 後屯。
 しゅぽ、種歩、しゅぽ、種歩。
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