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第六章其の二
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決めた。
入る。
洞窟に入って、確かめようではないか。
その竜が、本当に悪竜か。
若者は、悪竜であるといった。
しかし自分の目で見ないとわからない。
アーテ王女はこの国、『奇跡を行う国』にきて、すべての先入観から、自己を開放しようと、そのように考えるに達していた。これは、このあとも、『奇跡を行う国』をアーテ王女が冒険する上で、とてもいい考え方であると、いうことができた。
それに、あのおばあさん。あのおばあさんがいっていたことは、本当のことらしかった。伝説。若者はそういったが、アーテ王女はおばあさんの言葉を信じた。
アーテ王女がおもっていると、再び洞窟の奥で、叫び声がした。
がうう、がうう。
アーテ王女は震えた。心臓もばくばくであった。
しかし、アーテ王女には確信があった。
自分の、本で読んでつちかった、時計にである。
待っている。
この洞窟の奥、地底で、伝説の魔王は、アーテ王女が来るのを待っているのである。
それはきっと『叡智を行なう竜』である。
しかし、きっと『叡智を行なう竜』は、何かの理由によって、伝説の悪竜に姿をかえてしまったのである。
「・・・・・・・・・・・・」
アーテ王女は歩みを進めた。
入る。
すると、中は、おもったとおり薄暗かった。
アーテ王女はランプを取り出して日をともすと、洞窟の奥にはいっていった。
中は、ごつごつした岩でいっぱいだった。
アーテ王女は幾度も転びそうになりながら、洞窟の中を進んでいった。
靴をもらっておいて正解だったわね。
アーテ王女はおもった。
途中、いくつかの分かれ道を体験し、そうして幾度か行き止まりにあって、幾度か引き返し、そうして自身の道を、アーテ王女は確信していった。
アーテ王女が進むと、それにともなってランプの影は動き、それにともなって、アーテ王女は洞窟を進行した。
案内は、怖くもあったが、ありがたくもあった、何かの化け物、たぶん伝説の悪竜がうなる声。
がうう、がうう。
であった。
アーテ王女はその声の、近くから聞こえてくる方向へ進行したし、また、声が遠ざかれば引き返したりした。
洞窟内は反響がすごいので、なかなか進行する方向はつかめなかったが、アーテ王女はそれでも何とか、ランプの光と、恐竜のうなり声を頼りに、洞窟内を進行した。
やがて。
アーテ王女はうなり声の主のいる、洞窟内の空洞へとやってきた。
悪竜の唸りが、直接聞こえてきているから、アーテ王女にもそれは明白だった。
その場所は、まるでどこかの音楽堂の内部のようだった。
アーテ王女がこの場所を、体育館ではなくて、音楽堂と、そのように命名した背景には、うなりをあげる、不気味な巨竜の存在があったからである。
アーテ王女が音楽堂に入ると、なおも巨竜のうなり声は続いていた。
どこだろう。
アーテ王女がランプの灯かりをかざすと、かざすごとに、闇のなかから不気味なうなり声が沸いて、アーテ王女の前進を押し殺した。
どこにいるのだろう。
しばらくすると、どこからともなく、たいまつに光が沸いて、やがて、音楽堂内部は煌々とした灯かりに照らされた。
「?」
これも、伝説の悪竜の力なのだろうか。そうらしかった。
アーテ王女がランプの灯かりを吹き消したあと、たいまつの最後の一本にいたるまで、たいまつに光が沸き。
アーテ王女は音楽堂全体を見物することができるようになっていることに気がついた。
巨竜がいる。
邪悪な目、鋭い牙、つめ、足づめ、うろこのある背、尾、だんだんになった腹部。
アーテ王女がランプをかばんにしまって、そちらに近づくと、巨竜は、アーテ王女にその全貌を見せていた。
巨竜の目が、アーテ王女を追っている。
アーテ王女は怖かった。
しかし、それでも勇気を搾り出して、アーテ王女は巨竜の目に負けないように、眼光をするどく、にらみつけた。
巨竜は黙っている。
さっきまでのうなりはどうしただろうか。
それは、アーテ王女を見つけたためか?
巨竜は動かない。
ただ、じっとアーテ王女をにらみつけるだけである。
本当に、どうしたのだろうか。
アーテ王女をその牙で捕らえ、その肉を、食べたくはないのだろうか。
あの青年は、この中から、逃げ出してきた。
それは巨竜に襲われたからではないのだろうか。
アーテ王女は巨竜をにらみつけながら、音楽堂内部を移動した。
アーテ王女が移動すると、巨竜の目も、それにともなって移動する。
巨竜がアーテ王女を目で追っている。
聞こえてくるのは、ただ、巨竜がする、鼻息の音だけだった。
それが、洞窟内全体に響きわたり、幾度も幾度も反響し、アーテ王女を驚かせた。
アーテ王女は立ち止まった。
そこは、巨竜から、一跨ぎの距離である。
どうして巨竜はアーテ王女に飛びかかってこないのだろう。
答えは簡単だった。縛られている。
アーテ王女がみると、巨竜の足に、手に、巨大な枷がなされていて、そうして巨竜の動きを封じている様子であった。
しばらくの時間が流れた。
王女と巨竜。
次に動きを見せたのは、以外にも、アーテ王女だった。
これはアーテ王女自身驚いたことである。
あたしは、巨竜を前にしても恐ろしくないんだろうか。
アーテ王女はおもった。
しかし、不思議と恐怖はわいてこない。
あるのは、ものに対する好奇心と、以外にも、巨竜に対する感情移入であった。
アーテ王女はこのとき、囚われになった、巨竜に対して、かわいそうなおもいと抱いていたし、また、どうしてこのような状態に陥ったのかについて、知りたくもある状態にいた。
アーテ王女がみていると、巨竜は?
アーテ王女が恐れずそれも親身になっている姿を見て、小さな竜の赤ん坊になった様子であった。
(赤ん坊?)
「?」
(馬鹿な、なにを人間風情が。
余をだれだとおもっている)
それは、アーテ王女の頭の中に、直接届いた声だった。
(余は、ゾグムンドの王。
シルバンスの皇帝。
アルバキアの公爵・・・・・・。
人間風情に同情される身分ではないわ)
「・・・・・・・・・・・・」
アーテ王女がしばらくだまってその声に耳を澄ましていると、皇帝は。
(帰るがよい。
ここはお前のような人間の来るところではない。
もしも今より先、ここにい続けたのであれば、その身を地獄の業火に焼かれることになろうぞ)
アーテ王女はその言葉に答えることにした。
なにを、言っている。
わたしだって、長橋国の王女。
王族であることに変わりはない。
(王女?
馬鹿な、人間風情の血脈。
わが魔族の血筋によっては、はかり知れぬもの。
身分をわきまえよ)
「・・・・・・・・・・・・」
(さあされ、そうしてわが前より、そうして二度と、このような場所に訪れようとは考えぬことだ)
アーテ王女は考えた。
いったいこの巨竜は何もの?
いや、ゾグムンドの王、シルバキアの皇帝、アルバキアの公爵である。
しかし、アーテ王女には、到底それだけでは納得することができないものがあった。
それに、使命がある。
千年に一度の伝説に、かなう人間にならなければならない。
(千年に一度?
馬鹿め。
そのような短き時間。
わが魔族にとっては、それはほんの一年にもみたぬ。
され、わが前より、そうして二度と、その姿を余に見せようとはおもわぬことだ)
しかし、アーテ王女は去らなかった。
それどころではない。
アーテ王女は魔族の王と会話をこころみたのである。
アーテ王女は話しかけた。
魔族の王よ。
あなたはいったいどうしてこのような場所に、囚われになっているの?
わたしには、人間の使命があります。
それは、魔族の王のあなたには、到底かなわぬものだけど、わたしにとってはとても重要なことなのです。
もしも、それを知っているのなら、教えて。
『叡智を行なう竜』とは何?
そうしてわたしが探しているものとは、いったいなんなの?
すると、魔族の王は、不可思議におもった。
(なんだと、『叡智を行なう竜』と。
そのように、いったか。
それはわし。
この、わしのことだ)
「?」
(ぬ)
すると、伝説の火竜は、何かに動揺したようなそぶりを見せた。
(あの伝説は本当のことなのか。
千年に一度、わしを訪ねるものがいて、そのものが、わしを地獄の業火から、救い出し、そうしてわしに人間との共存を望むという。
果たしてお前がそれなのか、どうだ。
お前がそれならば、見事わしを、この地獄のつなぎから、逃してみよ)
しかし、アーテ王女には、どのようにすれば、魔族の王を、地獄のつなぎから解放することができるのか、わからなかった。
アーテ王女が黙っていると。
(そうか、お主、そうなのか。
その目、見覚えがある。
あの伝説は本当であるのか。
いや、これは愉快じゃ。
これは愉快じゃ。
あの伝説の子が、こともあろうに何も知らずにわしの元を訪れるとは。
ははは)
「?」
(よかろう。
悪なるものと聖なるものを分かつるものよ、
おぬしに教えて進ぜよう、
おぬしが探しているものと、そうしておぬしに与えられた使命を)
「?」
(この、囚われになった、わしを、解き放つのだ。
『幻の剣』を探せ。
それを引き抜くとき、それはわしを解放することになる。
そうしてそれこそが、お前の使命を果たすことになろう。
いや、これはずっと後になってからのお前の使命。
そうか、そうか、お前はより近い、お前の使命に決着をつけたいと、そのように申すか)
よかろう、教えて進ぜよう。来い。
そのように言われて、アーテ王女が巨竜に近づくと、手枷をされた魔王の右のつめの先から、まばゆい光がほとばしった。
それが、アーテ王女に接近する。
光は塊となって、アーテ王女の目の前に、存在した。
それが、しばらくすると形となる。
そこには、小さな鏡が存在した。
アーテ王女はその鏡を手に取った。
手鏡?
しかし、それは、鏡というにはあまりにもぞんざいだった。
第一に、鏡ではないのである。
鏡がついていると、本来おもわれる面に、下地がもろに見えている。
ベニヤの板のような様子に、何かポスターでもはがした後がついていた。
アーテ王女が鏡を裏返しても、振ってみても、結果は同じである。
それは手鏡であって、手鏡ではない。
これをどうしろと、言うのだろうか。竜王は。
(その鏡は)
「?」
アーテ王女が黙っていると、巨竜がいった。
(『何も映さざるかがみ』。
しかし、お前が真実と信じるものを見つけたときにだけ。
その効果を発揮する、聖なる光の鏡だ。
もしもお前が、お前の前にある運命に立ち向かうのなら、
鏡はお前に力を貸してくれるだろう。
それが、お前の一番近い使命を果たすことにつながる。
よいか。
それは『何も映さざるかがみ』。
それをよく覚えておくことだ。そうして、いけ、もはやここには用はないはず。
お前は、お前に与えられた使命を果たすのだ)
そこまで言うと、突然なにがおこったのか。
竜は、突然、何かを果たしたとでも言わんばかりに、指先から、足の先から、うろこの先から、石化し。
やがて、その石化がからだ全体にまわった。
待って、わたしに与えられた使命とは何?
教えて。
しかし、巨竜は、すでにその質問にはこたえなかった。
「・・・・・・・・・・・・」アーテ王女。
「・・・・・・・・・・・・」巨竜。
しばらくすると、石化が進み、巨竜はただの石になった、ようだった。
それ以上何も話すことはなかったし、動くこともなかった。
アーテ王女の使命は、ひとつ、克服されたことになる。
わからないことは増えたが、アーテ王女は自身の使命をはたしたのである。
入る。
洞窟に入って、確かめようではないか。
その竜が、本当に悪竜か。
若者は、悪竜であるといった。
しかし自分の目で見ないとわからない。
アーテ王女はこの国、『奇跡を行う国』にきて、すべての先入観から、自己を開放しようと、そのように考えるに達していた。これは、このあとも、『奇跡を行う国』をアーテ王女が冒険する上で、とてもいい考え方であると、いうことができた。
それに、あのおばあさん。あのおばあさんがいっていたことは、本当のことらしかった。伝説。若者はそういったが、アーテ王女はおばあさんの言葉を信じた。
アーテ王女がおもっていると、再び洞窟の奥で、叫び声がした。
がうう、がうう。
アーテ王女は震えた。心臓もばくばくであった。
しかし、アーテ王女には確信があった。
自分の、本で読んでつちかった、時計にである。
待っている。
この洞窟の奥、地底で、伝説の魔王は、アーテ王女が来るのを待っているのである。
それはきっと『叡智を行なう竜』である。
しかし、きっと『叡智を行なう竜』は、何かの理由によって、伝説の悪竜に姿をかえてしまったのである。
「・・・・・・・・・・・・」
アーテ王女は歩みを進めた。
入る。
すると、中は、おもったとおり薄暗かった。
アーテ王女はランプを取り出して日をともすと、洞窟の奥にはいっていった。
中は、ごつごつした岩でいっぱいだった。
アーテ王女は幾度も転びそうになりながら、洞窟の中を進んでいった。
靴をもらっておいて正解だったわね。
アーテ王女はおもった。
途中、いくつかの分かれ道を体験し、そうして幾度か行き止まりにあって、幾度か引き返し、そうして自身の道を、アーテ王女は確信していった。
アーテ王女が進むと、それにともなってランプの影は動き、それにともなって、アーテ王女は洞窟を進行した。
案内は、怖くもあったが、ありがたくもあった、何かの化け物、たぶん伝説の悪竜がうなる声。
がうう、がうう。
であった。
アーテ王女はその声の、近くから聞こえてくる方向へ進行したし、また、声が遠ざかれば引き返したりした。
洞窟内は反響がすごいので、なかなか進行する方向はつかめなかったが、アーテ王女はそれでも何とか、ランプの光と、恐竜のうなり声を頼りに、洞窟内を進行した。
やがて。
アーテ王女はうなり声の主のいる、洞窟内の空洞へとやってきた。
悪竜の唸りが、直接聞こえてきているから、アーテ王女にもそれは明白だった。
その場所は、まるでどこかの音楽堂の内部のようだった。
アーテ王女がこの場所を、体育館ではなくて、音楽堂と、そのように命名した背景には、うなりをあげる、不気味な巨竜の存在があったからである。
アーテ王女が音楽堂に入ると、なおも巨竜のうなり声は続いていた。
どこだろう。
アーテ王女がランプの灯かりをかざすと、かざすごとに、闇のなかから不気味なうなり声が沸いて、アーテ王女の前進を押し殺した。
どこにいるのだろう。
しばらくすると、どこからともなく、たいまつに光が沸いて、やがて、音楽堂内部は煌々とした灯かりに照らされた。
「?」
これも、伝説の悪竜の力なのだろうか。そうらしかった。
アーテ王女がランプの灯かりを吹き消したあと、たいまつの最後の一本にいたるまで、たいまつに光が沸き。
アーテ王女は音楽堂全体を見物することができるようになっていることに気がついた。
巨竜がいる。
邪悪な目、鋭い牙、つめ、足づめ、うろこのある背、尾、だんだんになった腹部。
アーテ王女がランプをかばんにしまって、そちらに近づくと、巨竜は、アーテ王女にその全貌を見せていた。
巨竜の目が、アーテ王女を追っている。
アーテ王女は怖かった。
しかし、それでも勇気を搾り出して、アーテ王女は巨竜の目に負けないように、眼光をするどく、にらみつけた。
巨竜は黙っている。
さっきまでのうなりはどうしただろうか。
それは、アーテ王女を見つけたためか?
巨竜は動かない。
ただ、じっとアーテ王女をにらみつけるだけである。
本当に、どうしたのだろうか。
アーテ王女をその牙で捕らえ、その肉を、食べたくはないのだろうか。
あの青年は、この中から、逃げ出してきた。
それは巨竜に襲われたからではないのだろうか。
アーテ王女は巨竜をにらみつけながら、音楽堂内部を移動した。
アーテ王女が移動すると、巨竜の目も、それにともなって移動する。
巨竜がアーテ王女を目で追っている。
聞こえてくるのは、ただ、巨竜がする、鼻息の音だけだった。
それが、洞窟内全体に響きわたり、幾度も幾度も反響し、アーテ王女を驚かせた。
アーテ王女は立ち止まった。
そこは、巨竜から、一跨ぎの距離である。
どうして巨竜はアーテ王女に飛びかかってこないのだろう。
答えは簡単だった。縛られている。
アーテ王女がみると、巨竜の足に、手に、巨大な枷がなされていて、そうして巨竜の動きを封じている様子であった。
しばらくの時間が流れた。
王女と巨竜。
次に動きを見せたのは、以外にも、アーテ王女だった。
これはアーテ王女自身驚いたことである。
あたしは、巨竜を前にしても恐ろしくないんだろうか。
アーテ王女はおもった。
しかし、不思議と恐怖はわいてこない。
あるのは、ものに対する好奇心と、以外にも、巨竜に対する感情移入であった。
アーテ王女はこのとき、囚われになった、巨竜に対して、かわいそうなおもいと抱いていたし、また、どうしてこのような状態に陥ったのかについて、知りたくもある状態にいた。
アーテ王女がみていると、巨竜は?
アーテ王女が恐れずそれも親身になっている姿を見て、小さな竜の赤ん坊になった様子であった。
(赤ん坊?)
「?」
(馬鹿な、なにを人間風情が。
余をだれだとおもっている)
それは、アーテ王女の頭の中に、直接届いた声だった。
(余は、ゾグムンドの王。
シルバンスの皇帝。
アルバキアの公爵・・・・・・。
人間風情に同情される身分ではないわ)
「・・・・・・・・・・・・」
アーテ王女がしばらくだまってその声に耳を澄ましていると、皇帝は。
(帰るがよい。
ここはお前のような人間の来るところではない。
もしも今より先、ここにい続けたのであれば、その身を地獄の業火に焼かれることになろうぞ)
アーテ王女はその言葉に答えることにした。
なにを、言っている。
わたしだって、長橋国の王女。
王族であることに変わりはない。
(王女?
馬鹿な、人間風情の血脈。
わが魔族の血筋によっては、はかり知れぬもの。
身分をわきまえよ)
「・・・・・・・・・・・・」
(さあされ、そうしてわが前より、そうして二度と、このような場所に訪れようとは考えぬことだ)
アーテ王女は考えた。
いったいこの巨竜は何もの?
いや、ゾグムンドの王、シルバキアの皇帝、アルバキアの公爵である。
しかし、アーテ王女には、到底それだけでは納得することができないものがあった。
それに、使命がある。
千年に一度の伝説に、かなう人間にならなければならない。
(千年に一度?
馬鹿め。
そのような短き時間。
わが魔族にとっては、それはほんの一年にもみたぬ。
され、わが前より、そうして二度と、その姿を余に見せようとはおもわぬことだ)
しかし、アーテ王女は去らなかった。
それどころではない。
アーテ王女は魔族の王と会話をこころみたのである。
アーテ王女は話しかけた。
魔族の王よ。
あなたはいったいどうしてこのような場所に、囚われになっているの?
わたしには、人間の使命があります。
それは、魔族の王のあなたには、到底かなわぬものだけど、わたしにとってはとても重要なことなのです。
もしも、それを知っているのなら、教えて。
『叡智を行なう竜』とは何?
そうしてわたしが探しているものとは、いったいなんなの?
すると、魔族の王は、不可思議におもった。
(なんだと、『叡智を行なう竜』と。
そのように、いったか。
それはわし。
この、わしのことだ)
「?」
(ぬ)
すると、伝説の火竜は、何かに動揺したようなそぶりを見せた。
(あの伝説は本当のことなのか。
千年に一度、わしを訪ねるものがいて、そのものが、わしを地獄の業火から、救い出し、そうしてわしに人間との共存を望むという。
果たしてお前がそれなのか、どうだ。
お前がそれならば、見事わしを、この地獄のつなぎから、逃してみよ)
しかし、アーテ王女には、どのようにすれば、魔族の王を、地獄のつなぎから解放することができるのか、わからなかった。
アーテ王女が黙っていると。
(そうか、お主、そうなのか。
その目、見覚えがある。
あの伝説は本当であるのか。
いや、これは愉快じゃ。
これは愉快じゃ。
あの伝説の子が、こともあろうに何も知らずにわしの元を訪れるとは。
ははは)
「?」
(よかろう。
悪なるものと聖なるものを分かつるものよ、
おぬしに教えて進ぜよう、
おぬしが探しているものと、そうしておぬしに与えられた使命を)
「?」
(この、囚われになった、わしを、解き放つのだ。
『幻の剣』を探せ。
それを引き抜くとき、それはわしを解放することになる。
そうしてそれこそが、お前の使命を果たすことになろう。
いや、これはずっと後になってからのお前の使命。
そうか、そうか、お前はより近い、お前の使命に決着をつけたいと、そのように申すか)
よかろう、教えて進ぜよう。来い。
そのように言われて、アーテ王女が巨竜に近づくと、手枷をされた魔王の右のつめの先から、まばゆい光がほとばしった。
それが、アーテ王女に接近する。
光は塊となって、アーテ王女の目の前に、存在した。
それが、しばらくすると形となる。
そこには、小さな鏡が存在した。
アーテ王女はその鏡を手に取った。
手鏡?
しかし、それは、鏡というにはあまりにもぞんざいだった。
第一に、鏡ではないのである。
鏡がついていると、本来おもわれる面に、下地がもろに見えている。
ベニヤの板のような様子に、何かポスターでもはがした後がついていた。
アーテ王女が鏡を裏返しても、振ってみても、結果は同じである。
それは手鏡であって、手鏡ではない。
これをどうしろと、言うのだろうか。竜王は。
(その鏡は)
「?」
アーテ王女が黙っていると、巨竜がいった。
(『何も映さざるかがみ』。
しかし、お前が真実と信じるものを見つけたときにだけ。
その効果を発揮する、聖なる光の鏡だ。
もしもお前が、お前の前にある運命に立ち向かうのなら、
鏡はお前に力を貸してくれるだろう。
それが、お前の一番近い使命を果たすことにつながる。
よいか。
それは『何も映さざるかがみ』。
それをよく覚えておくことだ。そうして、いけ、もはやここには用はないはず。
お前は、お前に与えられた使命を果たすのだ)
そこまで言うと、突然なにがおこったのか。
竜は、突然、何かを果たしたとでも言わんばかりに、指先から、足の先から、うろこの先から、石化し。
やがて、その石化がからだ全体にまわった。
待って、わたしに与えられた使命とは何?
教えて。
しかし、巨竜は、すでにその質問にはこたえなかった。
「・・・・・・・・・・・・」アーテ王女。
「・・・・・・・・・・・・」巨竜。
しばらくすると、石化が進み、巨竜はただの石になった、ようだった。
それ以上何も話すことはなかったし、動くこともなかった。
アーテ王女の使命は、ひとつ、克服されたことになる。
わからないことは増えたが、アーテ王女は自身の使命をはたしたのである。
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