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第四章

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 アーテ王女はしばらく沈黙した。
 クッキーを食べる手も止めた。
 確かによばれていた名前はあった、しかし、それはあまりにも非現実的で、長橋国にいるときにだけ、通用する言い回しではなかろうか。
 アーテ王女はおもった。
 それは御伽噺の話、現実は違う。
 いや、今来ている世界が、御伽噺なのだろうか。
 どっちだろう。
 しかしやがて、アーテ王女は自身、真剣に考えた結果、素直に、質問に答えるのが一番だと、考えるようになった。
 王女と、そのように呼ばれていたのだから、それがアーテ王女の職業なのだろう。
 きっと、親身になって話せば、村長だってわかってくれる。
 アーテ王女は意を決して、その質問に答えることにした。
 すなわち。王女と呼ばれていたと、返答。
 すると、村長は、突然の事態の進展に、あわてふためいたようだった。
「オウジョ? オウジョというと、あの、王様の王子とか言うところのオウジョ、なのかな?」
 ふーむ。
 村長は、頭を抱えたらしかった。
「だけど、話がおかしくないか? いや、実際こっち、王女というものの本物に会ったことがないからわからないことだけど、よくは、知らないことだけど、王女、なのに、屋根裏に住んでいて、まるで召使のような暮らしだ・・・・・」
 村長は、ほとほと困りぬいたという表情をすると、なにを思いついたのか、席を立つ様子であった。
「やっぱり裁判だ、いや、わし一人では、あんたの身の上に答えを出すことができない、面接官の数を増やします、そうして、結論をだすことにしよう」
 そういうと、村長は、部屋の中をでていった。
 どういうことになるんだろう。
 アーテ王女はクッキーをほおばりながらまっていた。
 そうして、もしかしたらこのあと、また、当分食事に出会う機会がないのではないか、ことを見越して、クッキーを二三枚。ポケットにしのばせることにした。
 そうしてしばらくすると、やがて、アーテ王女の前に、村長と、それに連れてこられたであろう、数人の人間がやってきた。四人。
 アーテ王女がみていると、村長と、それにつれてこられたであろう、数人の人間は、しばらく、たぶんアーテ王女について、話あったあと、
「ちょっと待ってね」
 村長がそういうと、また、話合いが続いた。
 いったいいつまでかかるのだろう。
 アーテ王女が自分のティーカップに、紅茶を手ずから注いでいると、
「いや、すまない待たして、専門家委員会での話合いがついた」
 専門家だったのか、何の?
 アーテ王女がおもっていると、専門家委員会の一人が答えを出した、ようだった。
「どうもあんたについて話し合った結果、何かやむにやまれぬ事情を持ってきたということが判明した」
 もう一人がいった。
「そうしてここではどうも、おまえさんについての問題を討議してみても無駄であるようだ結論が出せない」
「なにはともあれ、ここでは複雑な、国際政治経済上の問題は扱えない。そう、これは、あんたの知らない国際政治経済上の問題だ。地方裁では、もちろん高等裁判所でも、最高裁判所でも、扱えない問題であるだろう。これは、高度に政治上の問題だ、裁判が、それを裁くわけにはいかない。はじめからわかっていればよかったんだか、それに気がつく前に、わたしたちは、あんたを裁判にかけてしまった。しかし、今から方向転換だ。確かにガラスを割ってしまった問題はあるが、それはもう、あまりこの問題と関係ない、それよりも、大きな問題をあんたは抱えている。いいかね?」
「とにかく」
 と、また、もう一人の専門家の男がいった。
「ガラスを割った件に関しては、もう、お開きだ。あの問題は、もうどうでもいい、あんたは無罪放免というわけだ。いいかね?」
 すると、最後の男がいった。
「今さっき調べたところによると、第一に王女とは、国の賓客である。王女は国の賓客であるとして、迎えるべきであるとしている。いや、マニュアルさ。あんたが、はじめから、王女とわかる人間としてこなかったから、そうしたことを行う前に、話を展開してしまった。もしもあんたがそうとわかる人間だったなら、むしろ、来客直後に、出迎えのパレードなり、何なりを、行うべきところだったようだ。そうしたことをせずに、いきなり法廷において向かえるなど、不届きなことだ。もしからしたら、ガラスを、王女様が割ったのはわざとですか? 王女様なのに、何の出迎えもない、私たちの対応にムカッときて、わからせるためにやったとか・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
 アーテ王女には、そうしたことに感心がない。
 村長がいった。
「とにかく今からおまえさんは国の賓客だ。そのように扱うことにします・・・・・・みなのもの」
 村長が、専門家集団に言った。
「ひかえい、ここにおわすは王女であらせられる・・・・・・」
 アーテ王女。
「・・・・・・・・・・・・」
「で」
 と、村長がいった。
「どのように、王女を迎えるべきなのだろう。何か、マニュアルには、書いてあるかな?」
 専門家のひとりが、マニュアルを見ながら、こたえた。
「ここに書いてあることによりますと、国の賓客は、王国の首都で、もてなすと、あります、村長」
 村長が、答えていった。
「国の首都というと、どうなる? この近くに、国の首都なんて、あったかな?」
 専門家の一人が答えた。
「なにを言っているんですか、村長。ここは『奇跡を行う国』。『奇跡を行う国』の首都とは、王都『オケストラバーグ』でしょう。なにをわかりきったことをいっているんです」
「そうだったか」と、村長が答えた。「そんなものがあったかのう」
「?」
「まあええわい。それが、この子をもてなす場所になるというなら、その問題についてはあとにまわそう」
「?」
「とにかく」
 と、村長が続けた。
「今は年に一度の夏祭りのことを、考えよう。これが終わらんという日には、わしは夜もゆっくり眠れんわい」
「そうですね」
 専門家の一人がいった。
「それではそのことについて、のちほど討議することといたしましょう」
「その前に」
 と、別の専門家の一人がいった。
「『オケストラバーグ』の都に、一報を入れといたほうがいいのではないでしょうか? アーテ王女が到着していることについて。そうではないと、あとで問題にされるかも知れませんよ、わたしたちの怠惰について」
「それはいい考えだ」
「何?」村長が尋ねた。
 すると、専門家がいった。
「夏祭りについて、話会いましょう、そうして忘れましょう、王女について、不心得なもてなしをしてしまったことについて、さっぱりと」
「いい考えだ」と、また別の専門家がいった。「もしかしたら、あとで問題にされるかも知れないが、一瞬だけは、その恐怖から逃れることができる。逃れましょう、アーテ王女に粗末な、ガラス破壊犯、バックル氏の奥さんの指に傷をつけた犯の容疑をかけた、扱いをした、ことから」
「そういうことだ」
 と、村長がまとめた。
「あんたについて粗末な扱いをしたことについては、今、聞いてもらったことのとおり、さっぱり忘れることにした、あんたも、それにともなって、さっぱり忘れるといいだろう。それから、あんたのことは、ちゃんと、中央政権に報告しておくから、安心しておいてくれ」
「そうそう」
 専門家たちは口々にうなずいた。
 専門家たちの関心は、もはや、アーテ王女にはない様子であった。
 今は、夏祭り?
 その問題が、先行するようだった。
 夏?
 このときアーテ王女はおもったのは。
 今はもう、そんな季節だったのか、といったようなことだった。
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